＋＋＋6th.　Discovery「時をかける少女」

サイドストーリー　＜愚か者は忘却と手を組むか＞

　

　

　

　

　俺の目の前を、悪夢という名のタチの悪い冗談が、足を生やして闊歩している。

「いらっしゃいませ〜♪お一人様ですね。では、お席へ案内しまーす」

　明るく出迎える声の主はいつもの舞草ではなかった。マミーズの特徴あるウェイトレス服に身を包む人物は、女性としてはやや長身だが、全体的なバランスがそうは見えなくさせている。長くカールした睫、桜色に塗られた唇には厚くグロスがコーティングされていて妙に艶っぽい。

　優雅に微笑むその人物は、誰が見ても女にしか見えないが‥‥‥まぎれもなく九龍尚樹だった。‥‥‥ッて！？何やってんだよお前ッ！！

　あまりの出来事に酸欠の金魚みたいにパクパクしている俺を、有無を言わさず奥の方のテーブルへと案内する。何か言いたかったが、奴の背後に見える（気がしたんだよッ）ブラック‥いや、ダークなオーラに気押された。

　おい‥‥‥。俺はお前に何か悪い事をしたか？

　最近何故かナチュラルに無視されるので、遺跡の探索にももちろん誘われない。

　っはぁー、分からない。全く持って理由が分からない。　

　理由を問いただそうと、奴の部屋にいっても全然居ない。仕方なく奴の部屋で、寝ながら待つと、俺を起こさないようにそっと探索へいってしまう。更に、帰ってきても疲れきってる奴は倒れるように寝てしまう。

　普通、これだけやられれば腹が立つのだが、例えば俺がベッドに転がって寝ているなんかはいつの間にか上に掛けてくれていたり、他にもなんか微妙に嬉しい事をしてくれたりして怒るタイミングを逃しっぱなしだ。

　っはぁー‥‥何だよ、ちくしょう。

　

「いらっしゃいませ〜」

　

　さすがに昼時なので他にも客は来る。ん‥、今来た奴等は同じクラスの野郎共だ。まぁ、どっからどー見たって女にしか見えないし、ましてや声色まで変えてるので尚樹だとはバレないだろうが‥‥何、嬉々としてウェイトレスなんぞやってるんだ。

　

　‥‥‥‥ッ！？おいッ！！なんってー顔してんだお前等ッ！！

　

　デレデレと締まりのない顔をして、席に案内されている。尚樹はといえば、ペロッと一瞬舌を出したのを見逃さなかった。何かしてやるってーか、絶対イタズラしてやるって顔だ。おいおいおいおい‥‥‥ッ。

　

　うわッ！？お前女のよーなシナなんて作るなよッ！！野郎共もそれ以上デレデレすんなッ！！！奴は男だオトコッ！！

　

　

　

「オイッ‥‥お前一体何を企んでるッ」

　水を持ってきた尚樹に小声で問いつめるが、その質問は見事にスルーされる。

「忙しいランチタイムだけの応援なので、終わるまで待っててくださいね」

　奴の笑顔はさながら絶対零度の微笑みと言えた。

「クス‥ちなみに正体バラしたら〜〜」

　ビッ！と親指だけ立てて握った手を、勢いよく下に振り降ろす。

　堕とすぞ！って‥‥。何処へだよ‥‥。

　

　

　それから後は、昼休みといものはこんなに長いものだったのかと疑問に思う。

　いつも通り注文したカレーだったが、なんだか無闇矢鱈と疲れてしまい、結局何を食べているか分かなかった。

　尚樹はといえば、健全な男子高校生には刺激が強すぎるであろう、俗に言う「そそる」ような仕種で仕事をこなしていた。普通そんな事していれば、女子から反感を買うはずなのだがあいつときたら、女子の前ではまた雰囲気を変えて「キャーッ、お姉様〜〜（語尾にはハート）」などと喜ばれている。

　おいおいおいおいおいおい‥‥‥。ここはホストクラブか何かか？

　頭が痛くなってくるぜちくしょう。

　

カチャン‥‥

　

　何処かの見愡れたバカがフォークを落とした。

　すかさず拾いに来る尚樹‥‥ッてオイ！！んな短いスカートでしゃがむなぁ！！！野郎共の目がクギ付けになるじゃねーかッ。尚樹〜〜ッ！！お前はからかって遊んでるつもりなんだろうが‥‥野郎共はマジですからッ！！ああもうテメェ等潔く切腹しろ。介錯（※切腹する人の側にいて、その首を斬ること。またその人）なら俺がやってやるから安心しな。

　

スッコーンッ！！

「痛ッ！？」

　

　きょときょとしながら、自分に何が起こったのか分かっていない。

　本日何度目だ？こうして、水の中に入った氷を野郎共に投げ付けるのは。

　ッはぁ‥‥。盛大な溜め息が漏れるが、とりあえずコップの氷が少なくなったので追加で持ってきてもらう。

　

　長い長い昼休みが終わり、今は尚樹の部屋に居る。

「あー面白かった〜。思いっきり働いたし遊んだし〜満足満足♪」

　まだ、例の格好のままだったが、化粧を落とし普段通りの奴に戻っていた。

「はいはい、そりゃ良かったな。分かったからちゃっちゃと脱ぎやがれ」

「脱がして〜♪」

「なッ！？」

　顔が赤くなるのが嫌でも分かってしまった。なんで俺は、野郎の冗談にこんなに反応しちまうんだよ。頭痛と恥ずかしさとで、思わず顔を手で覆う。そんな俺の反応を楽しむように‥いや、明らかに楽しんでるが。わざわざ俺の目の前にくるとしゃがみ込み、ニタニタとしながら顔を覗き込んでいやがった。

　

　この野郎‥‥‥ッ。

　

「うわわッ！？な‥うわァアアッ！！」

　非常にムカついた俺は、思いっきり抱き寄せた。

「ほぉう‥‥、そんなに襲って欲しいのか？」

　

「へ‥‥あ、み‥皆‥守‥‥‥」

　途端に変化する顔色。そりゃもう昔何かあったのかと思うくらい、見事に顔が引きつっている。ふぅん。途端に俺の中にイヤガラセの神が降臨した。

　

「ぎゃーーーーーーッ！！！！」

　嫌がる奴が面白すぎて、悪ノリした俺は上着を脱がし始める。

　ジタバタと許しを請うが今さら遅いんだよッ！！

　

「チッ‥‥」

　半分程脱がせたところで逃げられた。そのままバックステップで離れようとするが、動揺しまくってるせいでよろけやがった。俺は倒れそうになったところに更に力を加え、後ろにあったベッドに押し倒すと馬乗りになって拘束する。

「さてと‥‥、ぜーんぶ白状してもらおうか」

　さながら肉食獣に追い詰められた小動物のように、プルプルと震えていた。

「‥で、舞草の具合が悪いからランチタイムだけ手伝ったと‥じゃーなんでウェイトレス姿なんだ？ッたく‥お前には女装癖でもあるのかよ」

「うう‥‥‥。最初は千貫さんから服を借りたんだけど‥ホストみたいだって言われたんだよ〜。だったらいっその事‥‥って、化粧して声色変えれば俺だってバレない自信があったんだよ〜〜」

　お前は自分が女装が似合うって分かってんのか‥‥。確信犯かよ。

「それでせっかく気合い入れて化粧もしたし、この姿で迫れば、ちょっとしたスキンシップでも大慌てする皆守をイジメられるかな〜〜って」

「ほぉおおお‥‥。だが、なんで俺はお前にシカトされたりイジメられなきゃいけないんだ？俺が一体お前に何をしたってーんだ、白状しろッ」

　

　俺は最近疑問に思っていたことをぶつけると‥途端に食って掛かってきた。

　

　「はぁ？‥‥‥自覚ないのかよこのバカッ！！」

　

　あの怯えた小動物のように大人しかった尚樹が、急に牙を剥き出した。

「お前なぁ、俺の事『守ってやる』とか言っておきながら、月魅ちゃんと入れ代わっちゃって大変だった時に見捨てやがって、ふざけるなよバカッ！！」

　言われて思い返してみれば、つい最近七瀬がおかしな事を口走っていたようなそうじゃないような‥‥‥ッて！？

「あれはマジだったのかァアアアアア！！！！！」

「ッたり前だ！！あの時は、月魅ちゃんの手前強がってはいたけどな、内心スッゲー心細かったんだぞ。しかもあの姿で、真里野と戦わなくちゃいけなくて‥‥すっげすっげー大変だったんだからなッ。月魅ちゃんの姿でも俺だったんだぞ。喋り方とか仕種とか、見てて全然気がつかなかったのかよ‥‥。お前は俺の上っ面しか見て無かったんだな‥クソッ」

　一気に言葉を吐き出した所為で、呼吸が苦しそうだった。

「お前に『守ってやる』って言われて、ちょっとでも感動しちまった俺の想い、利子つけて返しやがれ！！」

　

「‥‥すまない」

　

　

「え‥‥？」

「俺が悪かった‥‥。すまなかったな、尚樹。許してくれ」

　俺は素直に許しを請う。

　

　だが、悪い事をしてしまったと反省する心とは裏腹に、顔が弛んでしまう。さて、どうしたものか。こんな顔を見られでもしたら、ますますこいつは怒るだろう。

「ちょッ！？やめ‥‥くすぐったいってッ」

　奴の胸元へ、表情が見えないように顔を埋める。俺の髪が素肌に当たる所為でくすぐったいのだろう。もそもそと、まるでイモ虫のように身を捩らせていた、尚樹の動きが急に止まると凍り付いた。

　何事かと奴の様子を窺う。氷のように強ばった表情の、視線が一ケ所に集中する。その視線を辿ると、等身大の鏡が俺達二人を写している。その姿はまるで、恋人の肢体に愛を囁いているように見えなくもない。

　

「‥‥‥‥‥‥ッ！？」

　バタバタと先程よりも激しい抵抗。懸命に逃げようとしているようだが、体勢が悪い。

「重いッ！退けってば‥‥‥ッ」

　真っ赤な顔でそんな事を言われても‥なぁ？

　ふッ‥日頃、人の事を散々からかっておきながらこの有り様とはな。イジメられる時に思いっきりイジメてやらねば申し訳ない。

　極力感情を押し殺し、真面目な口調をつくる。

「許してくれたら退いてやる」

　

「‥‥‥‥‥ッ！！分かったッ‥許すッ。許せばいいんだろッ！！」

　かなりヤケっぱちな口調が、俺の優位性を強調する。

「‥‥クッ‥クク」

「オイッ‥‥‥‥‥‥退けってば、それに離せってッ」

　

　さて、どうしたものか？

　

　先程の一瞬見せた、強い尚樹は何処へいったのやら。

　反応が面白すぎる。

　もう少しかまってみようか？楽しい嫌がらせの策を、頭の中で巡らせていると――

「おい、お前等喧嘩ならそのへんにしてお‥‥‥‥ッ！！！！！！！」

　

　今はまだ授業中の筈だが、具合が悪くて寮に戻ってきていたであろう。扉の前で、俺達の言い争う声を聞きつけた大和が仲裁しようと扉を開けた。そんな大和の顔は、まるでこの世の終わりを眼前に控えた人間のごとく、顔を引きつらせていた。

　バタンッと勢い良く扉を閉め、逃亡する大和を、気がつけば追い掛けていた。

　

　

　

　

　

「ッはぁあああああ〜〜〜‥‥‥‥‥」

　本日、何十回か目の盛大な溜め息。

　マトモに授業なんて受ける余裕のない為、保健室で養生させてもらっている。

　精神的な頭痛が、脳内を占拠する。

　甦る悪夢‥‥‥‥。ふと、『ホモのコスプレウェイトレス強姦プレイ』などという、如何わしい文字が脳裏を横切る。うぁああああああ！！もう、最悪‥‥ッ。

　ああもう、全てバカアロマ星人の所為だ‥ホモだなんて噂が立っちゃったりしたら責任取って切腹しろぉ！！

　‥‥‥‥‥‥‥‥泣きたい。あんなトコ見られたら誤解されるよな‥‥‥。

　恥ずかしくて生きて行けない。

　強くなる頭痛に、思わずシーツを頭からかぶると中に潜り込んだ。

　ガラッ‥

　訪れる来訪者がカレー星人でない事を祈る。

「ああ、夕薙か。しばらく寝てゆくかね」

　瑞麗先生の涼やかな声は、俺にとっては死刑宣告に等しかった。

　

　うっわぁああああああああああああああああ！！！！絶叫したかったが、ベッドの中で必死に耐えた。ある意味、甲太郎以上に会いたくない人物。ああ、運命の女神はなんと意地悪なのだろう。　これはもう、洗脳用のクスリを取り寄せて‥‥いや、しかしアレは強いからな‥‥体の弱い夕薙にはどうだろうか？などと真剣に悩んでしまう。

　近付いてくる足音‥その音に比例するかのように、俺の心臓の鼓動も激しくなる。

　

「お、九龍もか？いや、まったく参るよ‥」

　自嘲気味に呟くその声に、動揺といったものは微塵も感じさせない。

「えッ！？あ‥ああ、そうだな」

「なんといっても、昨日は布団から出られない程に具合が悪くて参ったよ」

　グフッ‥思わず吐血したくなってくる。

　そりゃあんなの見ちゃえば寝込みたくもなるってか？

「だ‥‥‥‥だいじょうぶ‥か？」

「ああ、昨日は朝から具合が悪くてな‥気がつけば夕方だったさ」

　

　あれ？

　

　え‥あれ？何かがオカシイ‥‥‥‥。

　

　

　

「人の心は弱い。恐怖という重圧に対して、その許容量を超えると、時として『忘却』という手段を用いて自己防衛をはかるものだ」

　向こうの方で、瑞麗先生が何事かを呟いたが、全てを聞き取る事は出来なかった。

　

　

　

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