＋＋＋6th.　Discovery「時をかける少女」

サイドストーリー　＜剥がれ落ちる欠片と紡がれる想い＞

　

　

　

「あ‥‥ありがとう」

　

　心地よい秋晴れの空の下、屋上での出来事。

　声が上ずり、何故か自然と身体は緊張し、正座までしてしまう。

　受け取った手の中のカレーパンをじっと見つめてしまうのは、これをくれた相手の思惑を考える為と、これをくれた相手の顔を見る事が出来ない為の二点。

　どうしてこんな状態に置かれているのかもう一度考えてみる。

　

　午前の授業を休んだ俺は、瑞麗先生から預かったものを、職員室にいる雛川先生まで届けた。

　‥‥うん、ここまではいい。

　その後、甲太郎に「一緒にお昼を食べよう」とメールしたら屋上に呼ばれて、行ってみるとそこにはすでにふたつのカレーパンと飲み物があった。本来ならば嬉しいはずの気遣い。それを素直に喜べないのは俺の中に燻る罪悪感からか。

　自分の中の計画では、怒っている甲太郎に「無茶ばかりしてごめん」と素直に謝って、そんな台詞は聞き飽きたとかなんとか言われながらもひと騒ぎしてから許してもらって、それから和やかにお昼を食べようと思っていたのに‥‥‥。

　

　なんでそんなに機嫌が良いの甲太郎さん？？

　絶対に怒ってると思ったのにッ！

　こ‥‥怖い。

　とにかく物凄く怖い。

　

　えーと、これってばその‥‥嵐の前の静けさってヤツ？

　それとも、ほら‥‥人の気分をどん底に叩き落とす時には、ちょいとおだてたりして昂揚させてからの方が効果的ってヤツ？？

　こーわーいーッ！隣り合って座る甲太郎の顔が、本当に怖くて見ることができない。

　

「どうしたんだ？正座なんてしたりして」

　俺の態度を怪訝に思った甲太郎がその理由を聞いてくる。

「ん‥‥ああ、なんとなくっていうか‥‥

　朝、教室に残ってたらサムライに会っちゃってさ〜、そしたらなんか純和風っていいな〜

とか思ったわけで、古き良き習慣を復活させてみました」

　

　口からデマカセ。

　俺は心の葛藤を相当な労力でもって押さえ付け、平静さを装おう。　

「サムライ？‥‥‥ああ、真里野のことか」

　カレーパンの袋を破りながら、甲太郎が返答する。

　普通に会話が成り立ち安堵する。　

　内面の感情と表情を切り離せる俺の特技に乾杯ッ！！

「うん、そう言ってた。しかもわざわざ会いに来てくれたみたい」

　

　いまだ油断はならないが会話をすることに専念する。

「あいつが‥、お前に何の用事だ？」

　そこはかとなく台詞に怒気が含まれているような気がする。

　駄目だ。会話をしながら甲太郎の真意を探ろうと思ったのだが、非常に心臓に悪い。

　

　もいいいや、自然体でいこう。

「《生徒会執行委員》なんだってさ。死合いを申し込まれたよ」

　

　開き直った俺の顔は、きっとこの空のように晴れやかに笑っていることだろう。　

「ほぉ、成る程な。どうりで‥‥、お前が自主的に保健室で休む訳だ」

　そういう甲太郎の反応は驚く程に大人しかった。

　呆れたように、俺を一瞥するとカレーパンにかじりついた。

「う‥ん、実はそういう事情があったか‥‥甲太郎？」

　

　甲太郎の温かい手が頬に触れ、引き寄せられる。

　

「大分、顔色は良くなったな」　

　

「そう？久しぶりに良く眠れたからかな」

　

　予想としては、この手は首筋へと移動し思いっきり掴まれる。

　覚悟を決め、ゆっくりと目を閉じた。

　

「‥‥‥‥‥」

　

　予想していたはずの衝撃がなく、不振に思った俺は薄く目を開ける。

「最近お前は、遺跡から帰った後も色々やっているな‥‥。

　だが、そうまでする程、この頃はよく寝れないのか？」

　

　一拍間を置き、紡がれた言葉が胸に痛い。

　「眠らない」のではなく「眠れない」という表現に苦笑せざるをえない。

　ふぅ‥‥。

　心の中で溜め息をひとつ。

　目を開き、甲太郎を正面から見据える。

「ああ、最近‥‥あまりよく眠れなくてね。

　ようやく寝ても、疲れが取れたような感じがしない。いや、疲れとは何処か違うかな。

　何か‥‥、そう何か嫌なものが身体に纏わりつくような嫌な感じがするんだ。

　だから色々と夢中になって活動していたほうが、気がまぎれ‥て‥‥」

　

　殺気にも似た鋭い感情に気付く。

「ほぉ、それはそれは大変だな。

　なんなら俺がゆっくりと眠れるようにしてやろうか？」

　

　にっこりと微笑む甲太郎の笑みに、心臓が跳ねる上がる。

　いや、なんだか一生目覚める事が出来なくなりそうなので、慎んで御辞退申し上げます。　

「あ‥れ‥‥‥」

　ふと、頬の温かさが離れたことに慌てた。

　手を離し、カレーパンをパクつく甲太郎をじっと見つめてしまう。

　俺の視線に気付いた甲太郎は、ちらりとこちらを向くと、口の端を微かに上げて笑う。

「そんなに名残り惜しいか。

　まさか、俺が遺跡へ行くなって止めるとでも思ったんじゃないだろうな」

　

　図星。見事に核心をついた台詞に完敗。

「あ‥うん。絶対そう言うと思ったんだけど‥‥」

「ふんッ、言っても聞かないような奴に言ったって仕方ないだろ」

　うッ‥‥、ついに見放されたか。

　そう思った時、手に持っていたカレーパンが奪われる。

「どうせ食の細いお前の事だ、これじゃなくてもきついだろう。

　けどな、それでもせめて、それくらいは無理してでも飲んでおけよ」

　

「‥‥‥‥‥ありがとう」

　

　今度は心の底からの感謝の言葉。

　目の前に置かれた、甘く飲みやすい、果物の入った野菜ジュースに手をつける。

　冷たく甘い液体が喉を潤す。寝不足で固形物を受けつけない身体に、染み込むような感覚。

　

　ひと息つくと、ゆっくりと空を見上げる。

　本当に甲太郎の傍は居心地が良い。

　

　

「尚樹」

　ぼうっとしている間に、甲太郎はふたつ目のカレーパンを食べ終わったようだった。

　

「その喋り方は、本当のお前のものか？」

　唐突な質問にしばし、その真意を計り兼ねる。

　

「九龍＜クロウ＞―――」

　

　つい先日に打ち明けた、本当の名前で呼ばれ、ようやくその真意を掴みかける。

　

「本当のって言われてもなぁ、別に偽っているわけではないんだけどね。

　まぁ、そうだな‥‥。本来の喋り方とは違うけど‥‥、どうして分かったんだい？」　

「お前がその名前を教えてくれた時に言ったろ。

　『九龍　尚樹も私にとって大切な名前だよ』‥って。その時の喋り方のほうが,

違和感がなかったからな」

「‥‥‥‥驚いた。

　まさか一度だけ使った表現で気付くなんて‥‥」

　

　心底、甲太郎の洞察の高さに驚かされる。

「ふんッ‥、それで今の喋り方はどこで覚えたんだ？」

「あ‥‥ああ、ここ２年くらいかな？

　父さんと弟と一緒に仕事をした時にうつったというか‥‥。あの喋り方だと、なんか勢い

で遺跡の探索とか出来そうだから」

　それに、高校生という身分で『私』という喋り方には、少々違和感があるのではないかと思っていたということは口には出さない。

「馬鹿」

　鋭く怒気を孕んだ言葉にドキリとする。

　もともと無茶な性格なのだけれど、父さんや、弟のような‥、立派な《宝探し屋》を目の当たりにした私は、《宝捜し屋》として少々背伸びをしている。そんな無理をしている自分に気付かれている。そう思った。今まで築いてきた薄っぺらい外壁など、甲太郎の前ではいともあっさりと剥がされてしまう。

　それでもなお、ほんの少し残る下らない自尊心が、内心の動揺を隠す為に軽口をたたく。

「即答で冷た‥‥うわッ！？」

　急に引き寄せられたかと思った途端に、一緒になって倒れる羽目になった。

　甲太郎の腕が、丁度よく下敷きになり腕枕をしてもらっているかたちになる。　

　

「―――守ってやる」

　

　

　言葉少なに呟かれた甲太郎の声が、この温かさがとても心地よい。

　

　

　本当に‥‥、なんてここは居心地が良い場所なんだろう。

　

　

　

　

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