＋＋＋6th.　Discovery「時をかける少女」

サイドストーリー　＜雲よりも花よりも＞

　

　

　

　お昼の恒例行事。

　マミーズで昼飯を食ったあとは、屋上で昼寝。

　ただ、今までと違うのは隣にこいつが居るということ。

　俺の前に、ある日ひょっこり現れ居着いている。

　しかも今日は、俺より先に仰向けになって気持ち良さそうに寝そべっている。

　

　まったく生意気なやつだ。

　仕方なく隣に腰を降ろすが、ふと、こいつの無防備にさらされた腹が、枕に丁度良さそうに見えた。

　昼寝という名の楽園をより良いものにする為、早速行動に移す。

　やつの腹に頭を降ろす。

　思った通り、地べたにそのまま寝るよりも楽だった。

　枕が少々身じろぎをしたが、頭でぐりぐりと押さえつけてやった。

「ねぇ、甲太郎‥‥‥」

「嫌だ」

「いや、まだ何もいってないんだけど？」

「嫌といったら嫌だ」

　

「‥‥‥つまり、退いてくれないワケね」

　

　せっかくいいポジションを見つけたんだ、大人しくしてろよ。

　

　　

　眼前に広がる蒼い天井。

　自由の象徴にも例えられる空は、今日も穏やかに存在している。

「‥‥尚樹。

　こうして、屋上から空を眺めてると、

　あの流れていく雲みたいに、この学園＜ロウゴク＞から脱出して

　遠い異国へ行ってみたいって気にならないか‥‥？」

　

　しばしの沈黙。

　ようやく開かれたやつのくちびるからは、思いがけない言葉が紡がれる。

　

「そうだな‥‥、

　俺は桜の花びらになりたい。」

　同意と見せかけた意地の悪い台詞。

　桜の花は風雅に舞い飛び、現に、人々の心に、様々な痕跡を残してゆく。

　ヒラリ

　ヒラリ

　散り行く様で心を奪い、地に落ちた花びらは郷愁を誘う。

　

　尚樹の優雅に微笑む姿は、争い事とは無縁の住人にしか見えない。

　しかし、ひとたび遺跡に潜れば鋼の武器を鮮やかに操り、舞踏の如く敵を殲滅する。

　《宝探し屋》という特異な世界に身を置くお前は、その生き様を俺の心に焼きつけていく。

　そしていつか、

　地に落ちた花びらを惜しむように、

　様々な想い出を惜しむ日が来てしまうのだろうか。

　花びらは鮮烈な想いを残しながらも、

　何時の間にか、

　そんな事実などまるで無かったかのように消えてしまう。

　

　‥‥嫌だ。

　

　俺が悪かったよ。

　だからそんな風にいわないでくれ。

　逃避‥‥、いや違う。

　大切な人間が『消えて無くなりたい』と口にするのはなんと嫌なものだろう。

　俺の弱い心を見透かしているかのようだ。　

　

「俺は、どこへも行かないさ。どこへも‥‥な‥‥」

　

　だからお前が、消えてしまうなんて言わないでくれ。

　説教された訳でも無いのに、叱られたような気分になる。

　

　まったく不思議なやつだ。

　弱々しい一面がある癖に、普段は俺を子供扱いしてみたり、妙に達観しているような、

大人びた雰囲気を纏っている。

　

　　

「‥‥葉佩　九龍＜ハバキ　クロウ＞―――」

　突然紡がれた言葉に、眠りの淵から呼び戻された。

「それが戸籍上の名前」

　‥‥‥‥は？

　突然の告白に、その意味を図りかねる。

「なッ！？お前ッ‥‥今まで偽名だったのかッ！！」

　騙されていたという衝撃に、思わず飛び起きてしまう。

「本名は使えないから」

「それはどういう‥‥」

　

「九龍　尚樹も私にとって大切な名前だよ」

　

　見下ろす俺の視線を正面から見据え、受け止めている。

「九龍は《宝探し屋》を生業とする父方の姓――、

　葉佩は母方の姓―――、

　法律上は俺の父が婿養子というカタチをとっている。

　俺はもともと仲の悪かった一族の掛け橋、証しのようなものかな。

　だから戸籍上は、葉佩の姓に読み方を変えた九龍の名前」

　

　突然の重い告白に気勢を削がれる。

　は？今の世の中そんな事があるのか？

　一体どんな一族だよ。

「ま、そんなおカタイ一族の出なんでね、本名を名乗る訳にはいかなくってね」

　困ったと言いながらも、そんなことは微塵にも表情に出さない。

　

　なんて強いのだろう。

　

「《宝探し屋》として活動する時は、九龍＜クリュウ＞を名乗ろうって決めてたし‥

　尚樹はミドルネームというか愛称というか‥‥、

　両親が本当に付けたかった名前だし、家族にはその名前で呼ばれてた。

　俺にとっては本名よりも大切な、大切な名前」

　

「どうしてそれを教えてくれる？」

　

「さぁね、ただなんとなく」　

　呆気にとられる俺に、ゆっくりと手を差し伸べられる。

　その力に身を任せると、今度はやつの腕が枕代わりになり、抱きすくめられるカタチになった。

「なッ！おいッ！？」

　急に懐に手を突っ込まれて非常にくすぐったい。

　尚樹は俺の抗議をキレイにシカトすると、勝手に俺の携帯でアラーム設定をする。

「お前な‥」

　

「ラベンダーの香りってよく眠れるね」

　

　まったくお前ってやつは‥‥、

　

　

「おやすみ」

　

　

　子供なんだか大人なんだか。

　

　

「俺は起きたくなんてないからな‥‥‥」

　そう呟くと、携帯の電源を落とした。

　

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