＋＋＋6th.　Discovery「時をかける少女」

其ノ参　＜知らぬは君だけなれど＞

　

　

　

　目の前に現れた人物は、黒の学生服ではなく古式奥ゆかしい黒の羽織に袴姿。

　燻し銀を思わせる白髪に、鋭い眼光を放つ眼の片方――、右目は刀の鍔で隠されている。いわゆる眼帯というもので、その眼帯では覆いきれない切創痕からは、本当に目としての機能を失っていると推測できた。

「九龍　尚樹―――」

　思いがけない来訪者に名を問われ、俺とした事が自分の名前を呟くだけで精一杯だった。

　なんとか平静さを装いながら、相手の次の言葉を待つ。

「噂によるとお主、随分と腕が立つそうだな？

　その腕に敬意を表し、拙者も正々堂々と素性を明かして信ぜよう。

　剣道部の主将というのは世を忍ぶ仮の姿――――」

　

　

　‥‥‥‥うわーッうわーうわーッ！！！

　ホンモノ？　ジャパニーズサムライ〜〜〜ッ！！

　白髪、独眼、黒い着物〜ッ！これで腰にあるのが木刀じゃなくて日本刀だったら完璧だよ。

　いや嘘！？マジでカッコいい〜〜〜〜ッ！

　え？《生徒会執行委員》？？

　

　そんなのどうでもいいくらい素敵すぎだってッ！！

　すごいすごいッ！この天香学園に来てよかった〜ッ！

　あッ‥‥、後で弟にメールで自慢しよっと。

　

「ほう‥‥中々の慧眼よ。手合わせせずとも拙者の腕を見抜くとはな。

　ますます、遣り合ってみたくなったぞ」

　

　ん？えっと‥‥脳内で大ハシャギしていたのだが、一体どんな表情をしていたんだろうか。

　「どうしたの、九龍君？」

　清楚な女性の声が会話を中断した。

　振り向くと、担任である雛川先生が可愛らしく微笑んでいた。

　少し長めのブラウンの髪に上品な髪留め。　趣味で集めているのだろうか、随分と色々な種類の髪留めを持っているようだった。その身に纏う柔らかな雰囲気からは想像しがたいが、生徒の事となるとあの《生徒会》にすら立ち向かおうとする熱血教師という一面も持つ。

「おはよう。あなたは、Ｂ組の子ね？真里野くんだったかしら？」

「九龍　尚樹よ。続きは、後でだ。正々堂々とこの事は他言せぬよう。

　それでは、御免―――。」

　う‥‥かっこいいッ。

　ついつい、去りゆくサムライの背中を、姿が見えなくなるまで見送ってしまった。　

「あッ‥‥、ごめんなさい‥‥。話の邪魔をしてしまったかしら？」

「いえ、そんなことありませんよ」

　申し訳なさそうな雛川先生に、なるべくにこやかに接する。

　雛川先生の介入によって、ようやく頭の中が冷めてきた。サムライとは、もう少し話をしていたかったが、あのままでは大事な話もロクに頭に入らない。つくづく、両親のミーハーな血が受け継がれている事を自覚。そして反省。

「先生に気を遣わなくていいのよ？友達は大切なんだから」

　そう雛川先生はいうが‥‥‥。

　この自分よりも年下の先生には、気を遣わずにはいられない。決して嫌いというわけではなく、むしろ好感をもってはいるのだが、どうにも他人行儀になってしまう。

　なんとなくだが、色々隠している事がバレたら泣かれそうなイメージがあって‥‥というより、前に《バー・九龍（カオルーン）》で会った時に泣かれたし‥‥。あの時の出来事を思い出し心の中で苦笑する。

　

「それじゃ、もう授業が始まるわ。音楽室に急ぎなさい。またね」

「さてと‥‥」

　ひとり教室に残された俺は、そのまま音楽室には向かわずに保健室に行く事にした。

　音楽の授業も捨て難かったが（甲太郎の憮然とした表情が面白いから）、《生徒会執行委員》との対決に備え、少しでもコンディションを回復したい。

「それならいつもベストの状態でいろよ」と、甲太郎にツッコまれそうな気がしたが‥‥、

　まぁ、ほら、ベストな状態じゃなくても敵を倒せるようにっていう修行です‥と、心の中で言い訳してみたり。

　

　

「おや、九龍じゃないか」

　保健室の入ると、瑞麗（ルイリー）先生に物珍しそうに声をかけられる。

　

　切れ長の瞳が印象的な中国美人。艶やかな黒髪に銀色のチャイナドレス。黒と銀のコントラストがとても似合っている。このミステリアスな雰囲気を漂わせる先生は、ただの校医という訳ではなさそうだが、今はまだお互いにしらばっくれていようと思う。

「ええ、どうにも具合が悪‥‥‥‥」

　俺は最後まで言葉を紡ぐ事が出来なかった。

　保健室に入った途端に、いままで身体を蝕むかのように纏わりついていた嫌な感じが消えたのだった。あまりの劇的な変化に、今までの具合の悪さは気のせいだったのかと思う程に。　まさか今までの具合の悪さは‥‥仮病？保健室に来た途端に具合が良くなるなんて‥‥、プラシーボ（偽薬）で腹痛が治る子供じゃあるまいし‥‥。そんなに精神を病んでいたのだろうかと一瞬真剣に悩んでしまった。

「あ、休む程では無さそうなので、やっぱり授業にいきます」

　急遽予定を変更してＵターンしようとすると、

「ふむ。まあ、そうは言わずに休んでいきたまえ。

　そんな顔色で授業を受ければ、心配性な相方が嘆くぞ」

　どこか楽しむように引き留められた。

「嘆く‥‥じゃなくて、怒って暴力を振るわれるの間違いじゃないですか？」

「クククッ、可愛らしいじゃないか」

　

　か‥‥可愛いって。あれのどこが可愛いのか、２５００字以内でレポートにまとめて説明してもらいたい。

　

　とりあえず理解ある校医に促され、ベッドに横になる。

　今日は珍しく他に客がいないので少々話をする事にした。世間を騒がせるツチノコ騒動を。

　

「ツチノコ‥‥ね。

　私は見ていないが、確か、日本古来より存在するといわれてきた幻の生物だったな」

　そこで一旦言葉を区切ると、意味ありげな視線を送られる。

「それにしても―――

　この学園は、閉鎖空間の割に何かと事件が起こるから、退屈する暇がないな。

　特に、誰かさんが転校してきてからは。―――なあ、九龍？」

「‥‥‥‥ええ。そう思います。俺も‥」

　自然と声のトーンが落ちてしまう。

　はい、それはもう心苦しいほどに痛感していますです。

　日頃から校則を破ろうとする生徒が制裁されるといった事件は起こっていたようだったが、どうにも俺が転校してきてからは派手な事件が起こっているような気がしてならない。気がする‥ではなく事実なのだろうが。

「ふむ‥‥君は、自分が引き金（トリガー）であることを、しっかりと認識しているようだな。

　だが、そこまで悲観することはない。君だって、

　事件を起こそうとして起こしているわけではないのだろうし‥‥‥」

　

（お心遣い感謝します）

　心の中でそっと呟く。

　

　シャッ‥‥

　

　瑞麗先生はベッドに備え付けられたカーテンを閉めると、優しい言葉をかけてくれた。

「さあ、そろそろ眠りたまえ。

　少しでも体力を回復して、またここに担ぎ込まれる事がない程度には相方に抵抗したまえ」

　

　う‥‥忘れていたが、甲太郎への上手い言い訳というか誤魔化し方を考えておかねば。

　あいつの容赦のない暴力で、本当に保健室で寝ていなければならなくなりそうだ。

「あー‥‥、一応あいつが来たらサボリだって言ってみて下さい」

「ククッ、君がサボリ？」

「ええ、『音楽という授業の不毛さをようやく悟りました』とお伝え下さい」

「よかろう、もし来たら『一応』そのまま伝えよう」

　

「よろしくお願いします」

　そう礼を言うと俺は目を閉じた。

　甲太郎が来ない事を祈りながらも反面、どんな反応をするのか気になるので、是非来て欲しいとも思った。

　心地の良い睡魔に誘われ、意識が沈んでいく。

　

　

　ガララッ‥‥

　一時限目の途中、遠慮の欠片もなく無造作に扉が開かれる。

「遅かったじゃないか、サボリ魔」

「まるで俺が来ると予想していたような台詞だな。カウンセラー」

「君が来るのはいつもの事だろう？」

　瑞麗は、お気に入りのキセルを吹かしながら答える。

　九龍を気にかける皆守が、この場所に来ることなど容易に想像できる。

　だがあえて、言葉の真意をはぐらかす。

　

「ふんッ‥‥。ところで、尚樹は来ているか？」

「ああ、君と同じで授業をサボッているぞ」

　

　良い傾向だと、瑞麗は心の中で呟く。

　

　他人を拒絶する事しかしなかった皆守が、

　他人に関心を抱き、しかも名前で呼び合う程に仲が良くなっている。

　

「あいつがか？」

　

　怪訝な声が飛びだす。

　授業に出れば居眠りなど一切しないほど真面目な尚樹が、自主的にサボリなどありえない。

　

「『音楽という授業の不毛さを悟りました』と言っていたぞ」

　

「‥‥‥ハッ‥‥ハハッ」

　

　明らかに皆守を意識した言い訳に自然と笑いがもれる。

　何か満足したのか、皆守は笑い終えると踵を返した。

「おや？今日はサボらないのかな」

「気が変わった。俺は屋上で寝る。

　ふんッ、馬鹿な奴だぜ。どうせサボるなら、天気の良い今日は屋上で寝る方がいい」

　振り向きもせずにそう答えると、皆守は保健室を出て行った。

　皆守の気遣いに、瑞麗は静かに笑った。

　

「君は相当気に入られているぞ。　

　九龍――。君を取り巻く環境は予想以上に厳しいものだろう。けれど、君ならば‥‥‥

　暗く淀んだ空間に風を吹き込み、そこに住まう者達を導く事ができるだろうか？」

　

　薄いカーテンを軽く開き、様子を窺う。

　先程の物音にも反応する事無く、ぐっすりと眠っている。

　

「せめて、この場にいる今はゆっくりと休むといい。

　‥‥‥《気》を乱す程の影響力。

　‥‥‥だが君は、君が思う以上に強い。

　君ならばこの試練に見事耐え抜き、悠然と微笑むことができると信じている」

　

　

　

　

　――チャイムの音が聞こえる。

　俺は一体どのくらい寝ていたのだろうか？

「さあ、もう昼だ。そろそろ起きて行きたまえ」

　

　

「‥‥‥‥んッ。もう‥、お昼？」

　甲太郎は来なかったのかと思うと少し残念な気持ちになった。

　けれど、予想以上に身体の方は楽になっていた。

　

「ああ、そうだ九龍。ついでに職員室に寄って雛川先生にこれを渡してくれないか？」

　そう言うと、目の前に茶封筒が出される。まあ、職員室は保健室の目の前だし、ゆっくりと休ませてもらったのだからそれくらいお安い御用だ。

「ええ、いいですよ」

　

　封筒を受け取ると保健室を後にした。

　

　

　

「おい、九龍」

　保健室を出ると、逞しい声に呼び止められる。

「よォ。今、授業が終わったのか？

　俺は、どうも昨日から具合が悪くて‥‥。丁度、今来たところでな」

　そう苦笑しながら会話する人物は、恵まれた逞しい体躯に、精悍な顔つきをしている。

　顎の不精ヒゲと十字傷が、漢（オトコ）らしさを増していた。

　

　２０歳の同級生、夕薙　大和＜ユウナギ　ヤマト＞。　　　　

　父親の仕事の関係で海外にいたらしいのだが、その間に体を壊してしまい、頑丈そうな外見とは裏腹に、授業の出席率は甲太郎よりも低い。　人の事を言えた義理ではないのだが、彼も色々と裏がありそうだ。

「しかし、この騒ぎは何だ？虫取り網やモップを持った生徒たちとすれ違ったが‥‥」

「あー‥‥あれね‥‥」

　おおまかに騒動の原因を話すと、随分と否定的な反応が返ってきた。

　

「ツチノコを見た奴がいて、みんなそれを捕まえようとしてる？

　おいおい‥‥ここはどこだ？未開のジャングルや秘境の奥地じゃないだろ？新宿だぞ？

　塀に囲まれているとはいえ、東京のど真ん中だ。現代社会の象徴ともいえる場所で、

　この間の異星人騒動に続いて、ツチノコとはな。どうなっているんだ、この学園は‥‥」

　

　心底呆れているといった口ぶりだ。

　夕薙は、非科学的なものを嫌う傾向がある。まあ、ただの現実主義者といえばそれまでだが、妙に全ての事象に理由をつけ、納得しようとしているような‥そんな感じがする。

「まさか、君もツチノコが学園にいるとか思っているんじゃないだろうな？」

「いや、今回の騒動は何か出来過ぎているような気がして‥‥」

　首を横に振る。

「捜そうとか思っていないならそれでいいさ」

　うーん、実は明日香と一緒に捜す羽目になるかもしれないんだけどね。

　そっと心の中で呟く。

「ツチノコに限らず、世界中で目撃されたＵＭＡ―――未確認生物が発見された例はない。

　ネス湖のネッシーもプエルトリコのチュパカブラも真相は不明なままだ。『不明』というの

　は『明らかになっていない』という意味だけでなく、『明らかにできない』という意味もあ

　るだろう。

　つまり、奇跡だの呪だのと一緒で、ＵＦＯやＵＭＡなども存在しないという事さ」

　

　夕薙が熱く語ってくれているのだが‥‥、

　実は、そうでもないことを知ってしまっていたりする。

　異星人に関して言えば、世間で騒がれているグレイとかそういったものはともかくとして、この世界には、この世界のものの仕業とはいえないケースが存在している。

　俺が憧れる世界有数の《トレジャーハンター》八頭氏の調査報告書には、そういったものの存在があった。ついでに彼の関わった事件では、数年前の京都で、古来より妖（アヤカシ）と呼ばれる存在があった事も報告されている。

　日本に存在していたといわれるアヤカシ‥‥‥。鬼と呼ばれるものは疫病だったり、当時流れ着いた西洋人だという説もあるが、必ずしもすべてがそうだとは言い切れない。きっと俺達の基準では説明がつかないものたちがいるに違いない。

　そう思う‥‥が、しかしッ！

　

「ああ、ＵＦＯやＵＭＡが存在しないってのには賛成だよ」

　世間で騒がれているＵＭＡとかＵＦＯは、個人的には『存在して欲しくない派』なので、夕薙の意見にはすっごく賛成。矛盾していると言われようが嫌いなものは嫌い。

「俺の話を理解してくれたようだな」

「はは、まぁね」

「いずれにせよ、俺にはツチノコだの何だのより、大切な事がある」

　そう呟いた夕薙の変化に気付く。

　詮索するつもりはないが、一瞬見えた表情の翳り、両目に灯る意志の炎が、過去に何かあったのではないかと想像させる。

「こうも身体の調子が悪いと学園の生活もままならないし、不自由で仕方なくてな。

　まったく‥‥、歯痒い事、この上ない。頑丈そうな身体をしていながら、情けない話さ」

　

　本人の言う通り、見た感じでは別段悪いところがあるようには見えない。

　血色も良いし、ガッシリとしたその体躯からはおよそ想像がつかない‥‥けれど、それ故に夕薙が抱えている病というものは相当に厄介そうだ。

「情けなくはないさ、人にはそれぞれ事情がある‥‥」

　しまった‥‥。口に出してしまってから後悔する。なかなか上手い言葉が見つからない。

「同情してくれるのか？

　だが、自分の身体の事は自分が一番よく知っている。この病の事も‥‥な。

　そうだ、君は、どこか具合の悪いところはないか？」　

　そう問われ、言葉を濁し苦笑する。

「ん？‥‥ああ、ちょっとね。今も実は、保健室で休んでいたところなんだ」

「そうか。それならば、まずは健全な精神を鍛える事だ。

　身体と精神というのは、深い関係を持っている。東洋医学でも、精神に働きかけ身体の病を治療するという療法が用いられている。つまり、精神により我々が本来持っている原始的な遺伝子の活動を取り戻させ、細胞や血液などを正しく流す事で、病や怪我を治療する方法だ。

　医学会の中では、それを異端とする医者もいるらしいが、医者に治せないものを自然が治す場合もある。俺は奇跡や呪を信じないが、これは、それほど、非科学的な話しではないさ。

　君も、そうは思わないか？」

「ああ、俺もそう思うよ。

　それに、病気以外に対してもさ、精神力というか人の思いの力って有効だよな。

　ウチは両親なんて揃って精神主義者だしねぇ。

　『気合いと根性さえあればなんとかなるさ』とか、『プロのモデルは汗を気合いで止めるのよ』とかね」

　

　そう言いながら笑ってみせた。

　先程から少々会話が重かったので、会話の中身は本当だが冗談のように軽い口調で言う。

「はははッ。君も日本人だな。精神を重視する思想は東洋に多く見られる思想だ」

　上手く話を逸らせる事ができた。夕薙と笑い合いながら話をしていると‥‥。

　

「―――ん？あれは、白岐‥‥。あの方角だと温室を見ているのか？」

　夕薙が、窓辺に佇む白岐を見つけた。

　

　ふと目が合うと、こちらの方へ向かってくる。

「こんにちは。そこをどいてくれる？」

　静かに、どこか冷たさを孕ませた言葉が紡がれる。

　巫女のような神秘的な雰囲気に、足首まで届くほどの長い黒髪、そして自らを戒めるかのような痛々しい鎖が目を引く。

　美人なのだが、その表情はまるで人形のごとく感情に乏しい。

　鎖と共に自らを無理矢理押し込めている感じがする。

「ああ、すまない」

　話に夢中になり、通行の妨げになってしまっていた俺はすぐに退くが‥‥。

　

「何を見ていたんだ？」

　夕薙はその場を離れようとしなかった。

　いや、むしろ逃がさないと言わんばかりに白岐に詰め寄る。

「‥‥？」

「今、窓の外を見ていただろう？何を見ていたんだ？」

「別に何も‥‥。ただ、外を眺めていただけ」

　夕薙が次第に口調が厳しく、問いただすように変化するが、それに対して白岐はあくまでも冷静だった。

「嘘を言うな」

　

「‥‥‥」

　

「ちょ‥‥と、どうしたんだよ夕薙」

　尋常ではない夕薙を見かねて、止めようとするがきかなかった。

「あの温室に何かあるのか？それとも―――温室の方角に」

「そういえば、あなたも《転校生》だったわね。

　《転校生》というものは、みんな好奇心が旺盛なのかしら？」　

　

「それは‥‥、どういう意味‥かな？

　好奇心がない人間、すべてに無関心な人間の方が少ないと思うけど‥ね」

　

　思わず自分の表情が曇ってしまうのを実感する。

　白岐には、転校当初から嫌われている気がしてならない。

　この子は何かを隠している。いや、知っているというべきだろうか。

　俺がこの場所に何をしに来ているのかさえも、すべて見通しているといった感じがする。

　

「そう‥‥この学園に来る《転校生》だけが特別なのだと思ってたわ」

「別に俺と九龍は《転校生》同士この学園に早く馴染もうとしているだけだ。

　《転校生》が新天地の事を知りたがるのは当然だろ？」

「二人がそんなに仲がいいとは知らなかったわ」

「男の友情は女には理解できないものさ」

　二人の駆け引き‥いや、夕薙の一方的な駆け引きが続く。

　硬く閉ざした貝のを無理矢理こじ開けるかのように‥‥‥。

「それよりもまだ俺の質問に答えてないぜ？一体、そこの窓から何を見ていたのか‥‥？」

「ただ、景色を―――。そう答えた筈よ」

　恐らく嘘だろうが、今の状態で聞き出す事は不可能だろう。

「そうかい、わかった。そういう事にしておこう」

　話を終わりと見てとったのか、白岐が立ち去ろうとする。

　

「おっと――」

　

　夕薙が、その逞しい腕を伸ばし、白岐の行く手を塞ぐ。

　思わず脳裏に浮かんだ言葉は「修羅場」だった。

「今度、晩飯でも一緒にどうだい？」

　えーと‥‥、あの雰囲気で食事に誘うのはどうかと思うのだが。

「九龍さんが一緒なら考えてあげてもいいわ」

　

「九龍が？」

　

　突然に話を振られ、一瞬だけ当惑するがすぐに気を取り直した。

　修羅場は勘弁だが、白岐と話が出来る機会ができるのはありがたい。

　聞きたい事が山程ある。　

「是非とも一緒に。食事をしながらゆっくりお話しでも」

　他所行きモードな笑顔で誘う。さて、白岐はどうでるだろう？

「私も九龍さんとゆっくり話をしてみたかったわ」

　本当に話をしたいと思ってくれているなら万々歳なのだが。

　

「さようなら。それじゃ―――」

　夕薙は、去ってゆく白岐の後ろ姿を、彼女が見えなくなるまで見ていた。　

「九龍。前にもいったが、この学園には謎が多いと思わないか？

　生徒達の間で実しやかに囁かれている怪談。墓地や廃屋などの学園という景色には不似

合いな場所。一見、無関係には思える全ての点は―――俺には、どれも、ひとつの真実に

繋がっているような気がしてならないのさ。

　そして、俺が見たところ、白岐は何かをしっている。この学園に隠された何かをな‥‥」

　鳴り響くチャイムの音。

　その音が妙に大きく感じる程に、回りが静かに感じた。

　「‥‥。それじゃ、俺はちょっと屋上で風に当たってくる。またな。九龍」

　

　夕薙の姿が見えなくなってから溜め息ひとつ。

　突然の修羅場に気疲れしてしまった。

　ふと、手に持った瑞麗先生から預かった封筒に視線を落とす。

　

　

「さて‥‥と、これを雛川先生に届けたら、甲太郎とお昼を食べよう」

　

　

　きっと、待っていてくれるだろうから。

　

　

　

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