＋＋＋6th.　Discovery「時をかける少女」

其ノ弐　＜されど事実は語られぬ＞

　

　

　

　

　気分がすぐれない。

　窓から差し込む朝日と、目覚まし時計の時間差攻撃のおかげでようやく目が覚めた。

　けれど、夢見が悪かった所為だろうか？あまり寝たという実感が湧かない。

　この時間であれば遅刻をする心配はないが、朝飯まで食べている余裕はないな。

　疲労感たっぷりな体を叱咤して、嫌々ながらも支度をする。

　着替え終わったところで、微かに漂うラベンダーの香りに気がつく。

　

　甲太郎が来ていたのか。

　‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ッて！？

　来たなら起こしてくれたっていいんじゃないか。

　

「薄情者‥‥」

　

　自分の他力本願な気持ちは棚に上げ、年下の友人への恨み言を口にした。

　

　

　

　

　校舎に向かう途中、今日はやけに周りの生徒が騒がしい。

　中庭までくると、ツチノコがどうとか捕まえればどうとか聞こえてくる。

　生徒達が嬉々として、あるいは勇ましく虫網やモップ片手に興奮している。

　

　ツチノコ？

　そしてなぜにモップ？

　モップはともかくとして、

　この学園ってばそんなＵＭＡ（※Unidentified　Mysterious Animalの略。

　日本独自の呼び方で、よーするに未確認生物。）まで存在しちゃうの？

　超古代文明の遺跡や、異能の《生徒会執行委員》など不思議てんこ盛りな香天学園なのだが、

それにしたって嘘くさい。

　虫網＆モップ装備の集団を眺めていると、そのなかのひとりと目が合う。

　俺に気づいた男子生徒は手を振りながら向かってくる。

　

「おっはよー、九龍」

　このモップ片手に朝の挨拶をする男子生徒には、よくノートを写させてもらっていたりする。

　そこは本当は年長者なんだから、逆に貸してあげるくらいしようよというツッコみは却下。

　人には得手不得手がある。

「おはよう。

　朝から元気なのはいいけど‥‥なぁ、なんでモップ‥‥‥」

「ああ、コレ？

　コレはツチノコを捕まえる為にだな‥って、あー‥‥そっか、

　九龍は海外生活長いからツチノコなんて知らないよなァ〜」

　

　いや、知ってる‥知ってるけど、あえて口にはしなかった。

「ツチノコっていうのは、体長約三十センチで太さは約七センチ」

　どうして謎の生物なのにそんなに具体的な数字が‥‥。

　説明を聞きながら心の中でツッコむ。

「昼間に行動して、ジャンプしたり、毒を吐いたりするんだって」

　えッ！？ちょっと待って、そんなに凶悪な生き物だっけ？

　

　あああ‥‥いかん、ツッコむタイミングを逃してしまって非常にもどかしい。

「ツチノコを捕まえた人に百万円の賞金を出す雑誌や団体もあるんだぜ」

「へ‥え、それでみんなそんな装備を‥‥」

　どうにも、頭の回転がついてこなくて歯切れの悪い返事しか返せない。

　無意識のうちに手が頭を押さえている。

　「まぁな、でも、俺達が一生懸命探してるのは賞金の為だけじゃなくって――

　ッて、オイ‥‥。顔色悪いけど大丈夫か？」

　

　先程までの元気さが消え、眉を八の字に歪ませると不安げな表情になる。

　しまった。具合の悪いのが顔に出てたのかと後悔。慌てて誤魔化す。

「あはは、平気だって」

　何の根拠もない言い訳。

　もともと体調管理は苦手なのだが、この疲労は何か異質なものに感じられた。

　最近、遺跡から戻ると一種独特な疲労感に襲われる。

　体に纏わりつくような嫌な感じ。

　寝てもこの疲労感はなかなか抜けない。

　それならいっそ、と。睡眠時間を削ってデスクワークに明け暮れていたのだが‥‥。

　

「そうか？ヤバそうだったら無理せず、ルイ先生んトコ行けよな。

　あ、そんな状態ならまともに朝メシ食ってないだろ〜」

　

「ん‥あー‥‥ご名答。寝坊しちゃってさ」

　後ろめたさから自然と目を反らしてしまう。

「あ〜あ、仕方ないなァ。ほら――」

　そう呟くと、学生服のポケットから紙パックのオレンジジュースを取り出し、手渡してくれた。

「これ‥‥、いいのかい？」

「いいの、いいの。後で飲もうと思ってたんだけどやるよ。

　体弱いんだから無理するなよ。

　ああ、そうそうツチノコは凶悪な生物らしいから、お前は探すなよ？」　

　そう言うと、照れくさそうにはにかんでいる。

「あ‥、うん。ありがとう‥‥」

　突然の善意と若干の誤解に一瞬とまどってしまったが、ちゃんと感謝の気持ちは伝わっただろうか。

「じゃ、俺はもう少しツチノコ探すから―――、また後でな〜」

「ああ、また後で。授業に遅れるなよ」

　

　屈託なく笑いながら去って行く。

　その背中を目で見送りながらも、ついつい心の中でツッコんでしまう。

　

　　本当に探すのッ！？

　

　《宝探し屋》という特殊な仕事をしているが、生憎とＵＭＡには興味がない。

　これが弟や父さんならば「男のロマンじゃねぇか！」などといいながら喜んで探しそうだが‥‥‥。

　俺としては、チュパカブラ（家畜の血を一滴残らず吸いとる吸血獣）だとかナンディ・ベア（半獣半人で人間の脳髄を食べる）だとか‥、とても好きにはなれそうになかったりする。

　誰が何と言おうと嫌といったら嫌。生理的に受けつけない。

　

　ふぅ‥‥。

　溜め息をひとつつくと、後ろに石碑にもたれかかる。

　みんな非現実的なＵＭＡを探すより、この真っ二つになった石碑の謎を考‥‥え？

　うわッ！？石碑が真っ二つッ！

　台座の上、幅１．５メートルはある横長の岩が縦にそれぞれ分かれていた。

　その断面は見事なまでに滑らかで、切断されたという印象を受ける。

　えーとぉ‥‥‥。

　頭の回転が鈍くなっているのをいいことに、そのまま思考を停止したくなる。

　考えたくない。

　嫌な予感が背筋を昇ってやってくる。

　―――たしかに、

　特別な宿星を持つという親戚のたっちゃんなら、岩くらい素手で粉砕できるが‥‥。

　

　えーと、今は友人に拉致られて中国で修行しているそうだが、元気にしているだろうか？

　懐かしい記憶をたどりながら、ひそやかに現実逃避する思考を現実へと戻す。

　無駄だと思いながらも、これが《生徒会執行委員》の仕業ではありませんようにと願ってしまう。

　百歩譲ってＵＭＡの仕業ということでいいです。

　なんたって毒まで吐いちゃうんでしょ。ついでに岩だって切断しちゃう特技があったっていいよね。

　ＵＭＡなんだから何でもあり！

　なかばヤケになりながら教室へと向かう。

　

　

「あ、尚樹クンッ！！」

　教室にたどり着くと、弾けるような明るさが売りの健康優良児に発見される。

　複雑に編み込んだおダンゴ頭に、左の泣きホクロがチャームポイント。

　明日香の両目は今日も爛々と輝いている。

　

　だいたいの予想は出来ているので、とりあえず貰ったオレンジジュースにストローを差し込む。

「おッはよ〜ッ！！

　ねえねえッ、聞いた？学園の敷地で、謎の生物が目撃されたって話」

　興奮気味の明日香に、

「ああ、一応知ってるよ」

と予想通りの質問に簡単に答えてからジュースに口をつける。

「さすが情報が早いね〜。

　そっか、情報収集能力とかも《宝探し屋》にとっては大切なスキルだし当然か。

　やっぱりプロは違うよね〜」

　

　教えてもらっただけだし‥‥ッていうか、

　さりげに俺の裏稼業言ってるし。

　いや、まぁどうせ《宝探し屋》といったところで、

　一般人には何かの冗談だと思われるだろうからいいんだけどね。

　とりあえずツッコミたかったが、今日は気力体力共にきわどいのでやめておいた。

　一言でいえば面倒という単語だけで済んでしまうような理由だが。

「うんうん、すごいすごい」

　無邪気にはしゃぐ明日香を見ていると、ほんのちょっぴし罪悪感。

　ごめんな。オニーサン本気で体調悪くてツライのよ。

　そしてＵＭＡに興味はないのよ。

「聞いたのなら、話は早いんだけどさ。

　何でも、その謎の生物は、ツチノコっていって、蛇に似た姿をしているんだって」

　

　うんうん、ツチノコは蛇に似てるね。

　ジュースを飲みながら、ふにふにと相づちを打つ。

　

「何日か前に、テニス部や他の運動部の部員が中庭で目撃して、

　捕まえようとしたんだけど、逃げられちゃったみたいで‥‥。

　昨日も野球部の部員が校庭で、いきなり跳びかかられたらしいの」

　

　ほうほう、素敵に凶悪だね。

　

「最初は、墓地を飛んでいる蝙蝠か野良猫じゃないかと思ったらしいんだけど、

　よ〜く見てみたら、

　足がないし頭が大きくて、まるでビール瓶みたいな生き物なんだって」

　

　ふんふん。

　

　身体的な特徴はそれっぽいが、俺の知識の中のツチノコとは大分違っている。

　なんだか妙に俗っぽいというかなんというか。

「うーん、懸賞金もかかってるらしいけど、それにしたってみんな騒ぎすぎじゃ‥」

　かねてからの疑問を投げかける。

「実は、みんながこんなにツチノコで大騒ぎしているのにはもうひとつ理由があるんだ。

　うちの学園には、『三番目のツチノコ』っていう怪談があってね」

「さ‥‥三番目のツチノコ？

　何だろう、ツチノコが現れて毒を吐き散らしたりジャンプしたりとか？」

「ううん。ツチノコを捕まえた人は何でも願いが叶うとかどうとか‥‥。

　そんなもので、願いが叶ったら、誰も苦労しないと思うけど」　

　そりゃそーなんだろうけど、えらくファンシーな怪談だ。

　うーん、それは怪談なのだろうか？

　怪談っていうとやはり怖いものを指すのでは‥‥。

「とはいっても、ツチノコっていう自体、すごく珍しいと思わない？」

　ん〜‥珍しいというか‥‥うん、きっといないから。そんなUMA。

　

　あれこれ頭の中で否定していると、またもやツッコむタイミングを逃してしまった。

　

「ねェ、あたしたちで捕まえてみようよ。きっと世紀の大発見だよッ。

　一メートル以上ジャンプできる蛇に似た謎の生物なんて、

　見たことも聞いたこともないもん」

　

　うーーん、胴体が膨らんでいる蛇だったら、

　ジャンプはできないけど、コブラとか、卵を飲み込み中の蛇とかで妥協しない？

　通信販売で取り寄せてあげるから。

「あたしひとりで捕まえに行くのは怖いけど、尚樹クンが一緒なら心強いし――

　ねッ？一緒に行こッ？」

　

　本当にツチノコが存在していたとしても、

明日香ならテニスのラケットでスパーンとたたき落して捕獲できそうだと思う。

　一人でも十分そうだが、俺の口からは肯定するような台詞がでてしまう。

「んー、少しだけならね」

「へへへッ。

　尚樹クンなら、そういってくれると思ってた」

　後先考えず、つい安請け合いしてしまう性格を呪う前に、気だるそうな声が聞こえてきた。

　

　「おい、尚樹。悪い事いわないから止めておけ」

　声の主はもちろん甲太郎。

　いつものラベンダーのアロマを吹かしながら、椅子に深く腰掛け、長く伸びた両足を机に乗せている姿からは、およそやる気というものが全く感じられない。

　こら、お行儀悪いぞ。

「よォ」

　目線だけをこちらに向けて挨拶する。

　ウェーブのかかったクセのある髪。

　少々長めの前髪からのぞく両目は、開いている事さえ面倒そうだ。

　高校生にもかかわらず、退廃的な雰囲気が似合うルックスの持ち主。

　その近寄り難い雰囲気とは裏腹に、実は非常に面倒見の良い好青年（？）だったりする。

　ヒネた性格と俺に対する暴力行為を大目に見てしまう程に、日頃からお世話になりっぱなしだ。

　

「みッ、皆守クンッ！！

　今朝はどうしたのッ！？すごく早くない？」

　明日香が驚くのも無理はない。

　

　このところ、俺と甲太郎はＨＲギリギリに一緒に登校している。

　初めの頃は俺が迎えにいっていたのだが、遺跡を進めば進む程になかなか朝起きれなくなり‥‥

（ただ単に地が出てきたともいう）、俺がまだ寝ている時は起こしにきてもらっていたりする。

　お互いに起こしあっているのだが、その比率は半々だと思いたい。

　情けない事に、最近は本当に朝がつらく、体調管理もままならない俺は、

　甲太郎に強制的に休まされる事もしばしばあるわけで‥‥。

（何故かそういう日には甲太郎は遅刻しているらしい）

　その所為かクラスメイト達には、俺は病弱というか儚いといったイメージが定着してるそうだ。

　まぁ、それはともかくとして、甲太郎だけがＨＲが始まる前に来ているのは珍しい。

　

「部屋の前で二年生が騒いでたんで目が覚めたんだよ。

　まったく、寮の中で喧嘩なんてしやがって。外でやれっていうんだ」

　

　ふぅん、それは御愁傷さま。

　他人の喧騒で強制的に起こされるなんて、気持ちのいいものではない。

　でもなんで、俺の部屋に一旦来ていたのに起こしてくれなかったんだよ。

　少々恨みがましげに甲太郎にじっと視線を注ぐ。

　

　絡み合う視線。

　いつもの気だるげな甲太郎なのだが、何かが違っていて――、

　その表情に動揺してしまう。

　視線を外せない。

　刹那のような短い時間が酷く長く感じられた。

　

　甲太郎はパイプを外すと、唇を動かした。

　

（具合はいいのか？）

　読唇術は少々かじる程度にしか学んでいないが、たしかにそう読めた。

　うっわー‥‥‥見事に具合が悪い事がバレてる。

　あまりの後ろめたさに、つい視線を明後日の方向へと泳がせる。

　なるほど、部屋に来ても起こしてもらえなかったわけだ。

　それもそうか、鋭い洞察力を持つ甲太郎ならすぐに分かっただろう。

　

　世話好きなあいつの優しさに感謝しつつ、今後の制裁に備え、

どうやって誤魔化そうかと考えていると、明日香がツチノコ探しに甲太郎を誘っている。

　お、いいぞ。このネタで時間を潰すんだ。

　

「あッ、そうだ。皆守クンもあたしたちと一緒にツチノコ捕まえに行く？」

　うんうん。どうせ捕まえに行くのなら甲太郎が一緒の方が面白そうだ。

　

　前に朱堂の一件で女子寮を見回りした時の事だ。

　あの時の朱堂の、芸術的とすらいえる見事な（異星人を装った）登場シーンで大興奮する甲太郎の姿は、今でも目に焼きついている。面白すぎて、俺の忘れたくない想い出ランキング上位にランクイン。

　甲太郎の事だ、どうせ興味がないとそっけない返事をするだろうが、

いざそれっぽいモノが現れたら‥‥‥。想像するだけで非常に楽しい。

　

「何が、ツチノコを捕まえる？――――だよ。

　あんなもん捕まえられる訳ないだろ？やるだけ時間の無駄だ。

　俺だったら、その分、昼寝でもするがな」

　

　ほぼ、予想通りな答えだったが、今は昼寝も捨てがたい。

　気持ち的には、一緒にツチノコ探しをしたかったが、体の方は睡眠を求めている。

　あーなんか、気持ちも昼寝に傾きつつあるかも。

　昼寝がしたくなって、甲太郎をじっと見つめてしまう。

　

　俺の熱い視線に気がついた甲太郎は、口の端を軽く上げて笑う。

「俺と一緒に寝るか？

　ベッドから落ちてもしらないぞ？」

　

　うーん、俺も甲太郎も大きめのベッド使ってるから落ちないよな？

　ということは寮で寝るんじゃなくて、保健室って事かな？

　

　‥‥‥いかん、真面目に考えてしまった。

　ほら明日香ッ。ただの冗談なんだから「皆守クンが言うとアヤシイ‥‥」っていいながらジト目しないッ。

　

「捕まえられる訳ない―――って皆守クン、ツチノコ見た事あるの？」

「まッ、まァな」

「じゃ、どんな姿してた？」

　そう言いながら、明日香は甲太郎を前の黒板まで連れていく。

　なんだか面白そうなのでもちろんついていく。

「ツチノコだろ？え〜と、そうだな確か‥‥、」

　チョークを持った甲太郎の手が、摩訶不可思議なラインを描きだし―――

　

　‥ウッ！！ゴホッ‥ゴホッ

　

　思わずむせてしまった。

　完成した絵を見た俺は、あまりの衝撃的な完成度に、危うく飲んでいたジュースを吹き出ところだった。

　お‥‥‥面白いッ！ってか面白すぎるッ！！

　可笑しすぎて具合の悪いのも吹き飛んでしまった。

　

「確か、こんな形だったか。

　何ていっても、ツチノコっていうぐらいだからな。

　こういう子供の姿をしてたぜ？中々、凶悪な面構えだろ？」

　

　甲太郎が描きだしたソレは、頭に角が生えたジャパニーズモンスター『鬼』のようで‥‥

　う〜ん、しかしその額に描かれている線は何だろう‥って、ああッ！『土』って漢字かッ。

　成る程‥さっき甲太郎のツチノコの発音がなんか微妙に違ったのは、『土の子』と変換されていた所為か。

　

　今までの発言から、甲太郎がツチノコを知らないことは分かっていたが‥‥まさか、そうきたか。

　

　謎がひとつ解けて嬉しくなるが、思わずH.A.N.Tを起動させてバディ情報を見ようかと本気で思った。

　甲太郎が「音楽マイナス５」なのは知っているが、実は美術もマイナスではないかと疑う。

　描かれたソレが、あまりにも‥‥いや、まるで小さい子供のラクガキのようだったので。　

「ぶ〜ッ！！残念でしたッ！！」

「何だよ？」　

　明日香の否定に、甲太郎は憮然とする。

　なぁ、明日香。どうしてそんなふうに冷静にツッコめるのか教えてくれ。

「ツチノコっていうのは、蛇みたいな形をしているんだよ」

「蛇みたいな？」

「そう。こんな風に―――、」

　今度は明日香が黒板に向かって何かを描きだす。

　

　めくるめく喜劇の予感は見事に的中した。

　俺は笑いを堪える為に、人の机に突っ伏し肩を震わせていた。

　

「太くて短い胴体と恐ろしい顔つき。これが、ツチノコの姿だよ」

　

　『やっちー画伯』の描いたソレは、大福餅にピロッとしっぽらしきものが生えたようなボディに、つぶらな点目が可愛らしい。　二又に分かれた舌が、かろうじて蛇っぽい雰囲気をかもし出しているようないないような‥‥。

「何だよ、その不細工な生き物は‥‥‥」

　甲太郎の否定的な呟き。

　いや、あなた人の事言えませんからッ。

　‥‥‥‥‥ふたりとも、朝からこんなに素敵に笑えるものを見せてくれてありがとう。

　素敵すぎて涙目になっちゃったよ。

「ひっど〜いッ！！尚樹クン〜。あたしのツチノコ似てるよね？」

「いいや。ツチノコといえば、俺の方が似てるだろ？」

　

　う‥‥‥。

　突然話を振られた俺は戸惑ってしまう。

　お世辞にも、どちらの描いたツチノコも似ているとは言い難く、特に甲太郎のツチノコは即却下。

　けれど、俺に詰め寄るふたりの目は本気で‥‥。

　俺の心の中では、真実とお世辞というふたつの文字が第一次脳内大戦を繰り広げる。　

「ふたりとも全然似てない‥‥‥」

　最終的には「真実」に軍配が上がった。

「お前、自分が何をいってるかわかってるのか？」

「え〜、あたしの描いたのすごく似てると思うんだけどなァ」

　

　それぞれ不平を口にするふたり。

　甲太郎などは、「まだお前具合が悪いだろ」などといいつつ頭をガクガク揺さぶられる。

　病人だと思うならもう少し丁寧な扱いを希望する‥‥ってーか、誰か助けて。

　

「はぁ‥‥‥‥」

　

　突然のため息。

　驚いてその方向を見れば、入り口に七瀬が立っている。

　本を両手で大事そうに抱え、静かに佇んでいる。

　眼鏡と本が良く似合う、知性派美人。

　古代の叡智、オーバーテクノロジーに興味があるという彼女には、すでに俺の正体がバレているような気がしてならない。察しの良い彼女なら、明日香の会話から断片的にもれだす単語から、おおよその見当をつけているのではないだろうか。

　―――それか、明日香がこっそり喋っているかのどちらかだが‥‥‥。

　まぁ、仕方がない。

　七瀬にいろいろ話したくなる気持ちもわからなくはない。

　それに単なる勘でしかないのだが、いずれ彼女の力を借りるようになる。

　そんな気がするので《宝探し屋》だと知られても構わないと思ってしまう。

　

「おはようございます」

「あッ、月魅。おっはよ〜」

「古人曰く―――。

『我々は、みな真理のために闘っている』」

　まさに今の俺にぴったりの言葉だった。

　人は真理のために、己が身を滅ぼすことになると知っていても真実をついつい口にせずにはいられない。

「ちょっと〜どういう意味よ」

「いえ、別に。深い意味はありません」

　突然の仲裁者の出現により、ようやく甲太郎の魔手から解放される。

　俺の息が整うのを待って、彼女は問いかけてきた。

　

　

「ツチノコとは、古代よりこの日本に存在していたＵＭＡ―――未確認生物です。

　九龍さんは、ツチノコの伝承を知っていますか？」

「ああ、知ってるよ。

　その姿が藁を打つ《槌》に似ている事から付いた名前で、正式には《槌の子》と記される。

　地方によっては、《ノヅチ》や《野槌蛇》とも呼ばれる。

　またツチノコは屋根葺きの材料として使われた《萱》に棲むという伝承もあり、

　『古事記』の《ノヅチ》が、ツチノコに関係があるものだという意見もある。

　民俗学者の南方熊楠氏もツチノコが野の主《ノヅチ》ではないかといっている」

　

　これが俺の知っているツチノコ情報。

　

「ええ、その通りです。

　それに古代日本の縄文時代の土器にも、ツチノコのような造型が見受けられています」

　こういう話をする時の七瀬は、実にいきいきとしていて微笑ましい。

　静かに図書室を守る彼女もいいが、こうして古代の話をする時の彼女のほうが好きだ。

「このように伝承や目撃情報を見ても、ツチノコが架空の生物でない可能性は高いでしょう。

　では、私たちが、ツチノコをどうしなければならないかもわかりますよね？」

「どうする―――って、捕まえて、賞金をもらうとかじゃないの？」

　

「違いますッッッ！！」

　明日香の答えに思いっきり否定する七瀬。

　彼女の気迫に少々気押されてしまう。

「元々、野にすんでいるといわれたツチノコが、こんな場所に現れるなんて‥‥。

　きっと、文明の進歩と共に自然が失われ、棲むべき野を追われた結果かもしれません。

　もしそうだとしたら、私たち人間にも、責任があるのではないでしょうか？」

「まァ、それはツチノコに限らず、

　現在レッドブック（絶滅危惧種の生物が載っている）に名前を列ねる生物達にもいえる事だけどね」

　この世界の生き物達は、実に絶妙なバランスで存在している。

　乱獲、不用意な開発、そこには本来存在しない種の生物を野に放てば、

そこに存在したはずの生物達がいともあっさり淘汰されてしまったりもする。

「そうですね、ツチノコだけの事ではなく、何とかしなければならない問題だと思います」

　彼女のような人材には、是非とも現存する古代遺跡の管理、保存などをやってもらいたい。

「責任か―――」

　不意に今まで沈黙を保っていた甲太郎が口を開いた。

「‥‥‥？」

　

「文明の進歩がもたらしたのは迫害と破壊だけじゃないさ。

　高度な文明は、俺たちに豊かな暮らしを与え、銀色の明日を見せてくれた。

　そういう上で生きている俺たちに、文明を非難する資格はないと思うがな」

　

　銀色の明日‥‥。

　

　こうして普通に会話しているだけだというのに、こんな素敵な単語を扱う甲太郎には、感心を通り越して感動すらしてしまう。もしも俺に、甲太郎の特記事項を書き込む権利があるのなら、

絶対に『ポエマーです』って書き込むだろう。

　

「俺の言葉に感動したか？」

　ああ、俺にはこの感動をうまく言葉にすることができない。

　頷くことしか出来ない俺に、是非ともそのボキャブラリーと使用法を伝授してもらいたい。

「まァ、七瀬の考えとは違うがツチノコ探しに反対だという点においては、俺も同意見だ。

　ＵＭＡも異星人も、謎だからこそロマンがある。

　何でもかんでも、白日の下に晒そうっていうのは人間のエゴだと思うがな」

　

　チャイムの音がする。

「お‥‥？せっかく、早く登校したのに授業に遅れたらシャレにならないぜ‥‥。

　確か一時限目は、音楽だったよな？俺は先に音楽室にいってるぞ」

　去り際に、額を指で軽く小突かれる。

　

「じゃあな」

　

　

「あッ、待って。あたしも行くッ。

　尚樹クンも早く行こッ。それじゃ、月魅。また後で。じゃあね―――」

「‥‥‥。それじゃ、九龍さん。私も行きますね」

　明日香は慌てて走っていき、七瀬も教室から出ていく。

　教室に残された俺は、額に手を当て、去り際の甲太郎姿を思い出す。

　

　具合が悪い時くらい安請け合いはするな。

　――そういっているような気がした。

　甲太郎の気遣いを申し訳なく思いつつも、俺は止まる事が出来ない。

　はっきり言って休む時間が惜しい。

　最近特に、甲太郎に「何をそんなに焦っているんだ？」とよく怒られる。

　

　けれど、

　ここでの生活は、俺にとってはとても新鮮で―――、

　

　みんなと騒ぐ時間はとても楽しくて―――、

　

　遺跡での探索はとても面白くて―――、

　

　おちおち寝てなんていられない。

　先程のように明日香に色々と振り回されるのも、大変だと思いつつも心の中では楽しんでいる自分がいる。

　ここ数日は、少々身体の調子が思わしくないが‥‥

俺はもう、ここにきてから一ヶ月も経ってしまっているのだ。

　目の前に人の気配。

　

　

「お初にお目にかかる。

　拙者、参之『びい』（３−Ｂ）に世話になっておる真里野　剣介＜マリヤ　ケンスケ＞と申す。

　つかぬ事を聞くが、お主の名は？」

　

　　突然の来訪者の出現に、俺の思考は中断された。

　

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