＋＋＋5th.　Discovery「星の牧場」

　

Act5　＜都合の良い解釈と自己完結＞

　

　

　

　――― 数時間前

　

　鉛のように重い体をなんとか動かし、冷たく薄暗い廊下を歩く。あまりの疲労感に、このまま倒れてしまいたいという衝動に駆られるが、肩のリュックに詰め込んだ重装備の事を思うとさすがに出来なかった。

「少ーし無茶したかなー‥」

　後悔と共に自然と言葉が洩れてしまう。

　前方の階段を見据えると勝手に足が止まった。疲れきった体にこの階段は拷問だ。自室までの距離があまりにも遠く感じたので、思考と言う名の現実逃避をしながら歩みを進めた。

　

「まったく‥‥、《黒い砂》だの仮面野郎だの、一体、《執行委員》はどうなってるんだ」

　ふと頭に浮かんだのは、《隣人倶楽部》から学生寮へ戻る途中に聞いた皆守の台詞だった。《執行委員》の身に何か起こっているのだろうか。

　肥後はいままでの《執行委員》とは何処か違う。肥後は《生徒会》の仕事としてではなく、仮面の人物にそそのかされ、《執行委員》としての力を使っているように見えた。現時点ではただの想像でしかないが、《生徒会》と仮面の人物は別物だと思う。

　肥後の『仮面の人』という表現が《生徒会》関係者ということを連想させなかった事、そして《隣人倶楽部》の性質が規則を遵守する《生徒会》の意向とは結びつかないからだ。

　規則を犯そうなどと考えるのは、大抵は暇を持て余し、刺激に飢えた人間のする事だ。《隣人倶楽部》に集まる、人の為に何かをしたいなどと考える人間が、決まり事を犯そうなどと思うだろうか。そんな《生徒会》に仇となる可能性の少ない生徒達に《執行委員》としての特別な力を使う肥後は、やはり違和感があった。

　更にファントム――ね。やはり俺の敵となるのだろうか。たとえ敵が増えたとしてもただ進むだけ。これが俺の仕事だからと、前向きなようでいて実は後ろ向きな考えをしてしまう自分が嫌だった。

　本当に今日の俺はどうかしていた。感情的で‥不安定で―――。

　部屋に戻っても、うだうだとくだらない事ばかり考えてしまう。そんなどうしようもない気持ちをなんとかしたくて、バー九龍へいくと見知った二人に出会う。

「あら、九龍君」

　フレッシュな雰囲気が可愛らしい俺より年下な雛川先生に、

「おや？今日は相方はいないのかね」

　落ち着いた中国美人の瑞麗先生‥‥ッて、それは皆守のことですか？

「あはは、そーいう日もありますって」

　適当に笑って流したが、一瞬だが動揺したのが顔に出てしまったらしく小さく笑われてしまった。うう‥、不覚。やはりこの人は侮れない。少々口惜しくなり視線を雛川先生の方へと移す。

「瑞麗先生に誘われてはじめてこのお店にきたんだけれど、落ち着いた雰囲気で、とても素敵なお店ね。先生気に入っちゃったわ」

「ええ、俺もこの雰囲気が好きでよくきていますよ」

「まぁ‥そうなの。先こされちゃってたのね」

　ふふと顔を見合わせて笑いあった。

「ね、九龍君には、他にお気に入りの場所ってあるのかしら‥‥？」

　んー、お気に入りの場所‥‥ねぇ。まさか墓（地下遺跡）なーんて言う訳にはいかないしなぁ、他には‥‥教室？うん、いままで学生生活を楽しむなんていうことをしていなかった俺にとって非常に大切な場所なんだけど‥‥。

「屋上‥。そう、屋上が一番のお気に入りです」

「まぁ、そうだったの。確かに広々としていて開放感があるし、とても居心地の良い場所よね‥‥‥‥」

「‥‥え？」

　いやちょっとまって、なんで語尾に向かってどんどんと声が小さく、暗くなっていくんですッ！？

「ククッ。サボリ癖を心配しているんじゃないかね？どこかの誰かさんと、よく屋上で昼寝しているから」

　ええッ！？そ、それが心配なんですかッ。たしかにこのところちょっぴしサボり‥‥うッ！？なんか雛川先生ウルウルしてきちゃってんですけど〜〜ッ！

「いやッ、大丈夫ですって！屋上が好きなのは大好きな空を見渡せるからであって、確かに昼寝すると気持ち‥‥、いや、その純粋にその場所が好きなんであって決してやましいことは何もないですから！！」

　お酒飲むと涙もろくなる人ですか？

　うああ、なんか泣きそうな子供を必死こいてあやす親戚のおにーさんのような気持ちになってきた‥‥。瑞麗先生‥、笑ってないで助けて下さい。百歩譲って、密やかに楽しんでてもいいですから。

「ククッ‥君を見ているとついついイジメたくなってしまう」

　ふと、楽し気だった表情が身を潜めた。

「私たち教員も、君たち生徒も立場や年齢こそ違え、同じ土地で生活する人間という点ではなんら変わりがない。九龍。私のいっていることの意味がわかるか‥‥？」

「はは。ここはいい場所ですね。落ち着いた雰囲気で、気分転換をするにはとてもいい」

「フフッ‥‥そうだ。君たち生徒が休みを欲するように、私たちにも安らげる時間が必要なんだ。こうして、気に入りの場所で気の合う友人と語り合ったりする時間が―――な」

　最後の言葉は、自分の事を話しているようでいて俺へのメッセージ。ありがとう。

　このところ不安定で皆守と上手くいってなかったけど――、ちゃんとなんとかしますって。大切なヤツですから。

「よかったら、君も飲んでいかないか？もっとも、立場上酒を勧めるわけにはいかないが」

「いえ、遠慮しておきます。今夜はお二人で語り合って下さい」

　このまま一緒に話をするのもいいかと思ったが、なんか酒の肴にからかわれて遊ばれそうだと俺の第六感が警鐘を鳴らしているので慎んで辞退した。

　二人から離れ、カウンター席に座る。

「御注文は如何致しましょう？」

「この前の話の続きを」

「はい、かしこまりました」

　にこやかに律儀な返答を返してくれる。

　片眼鏡の紳士。老練なマスターが語る昔話を聞くのが好きだ。いつも落ち着き払ったマスターが、この話になると非常に楽しそうに、感情を込めて話す。こんな素敵な人物に小さい頃からつきっきりで世話をしてもらっている、ぼっちゃまという人物に対する興味は日毎に募ってゆく。

「―――。‥‥と、またもや長話を、これは失礼致しました」

「いえ、こちらこそ仕事中にすみません」

「この続きはまたの御来店の際に―――」

「ええ、また来ます」

　久方ぶりに気分が良い‥。まだ問題は残っているが、大分調子が戻ってきた。

　

　　散歩がてらしばらく歩いていると、体育館前に忘れたくても忘れられない人物がいた。まだ調査してたのね‥‥。

「よォ、俺のこと、覚えてるかい？」

　軽い口調で話しかけてきた。そりゃ‥ねぇ。

「ええ、宇宙刑事さん。遥か銀河系の彼方、ロアム星系から飛来し、この天香学園の生徒に擬態した１２の凶悪異星人はしっぽをだしましたか？」

「ううむ、それがなかなか賢しい奴等でな‥‥」

　このままボケ倒そうかと思ったが、ツッコミの無いボケは寂しいので自主的に話を切り上げた。

「はいはい、覚えてますよ。鴉室さん」

「へッへッへ、そいつァよかった。ほい」

　炭酸飲料を受け取る。

「これは？」

「お兄さんから覚えてくれたことに対するご褒美」

　ニカッと、悩みとは無縁な笑顔が素敵すぎ。

「――と、いうわけで‥‥‥だ。何かあったら是非協力を頼むぜ？男同士の約束だッ」

「安ッ‥‥ま、こーいうノリ嫌いじゃないですけどね」

　手の中の炭酸飲料が熱を奪ってゆく。

「ま、それも協力しますけど、今度会った時はあったかい俺の部屋で紅茶でも御馳走しますよ。なかなか大変でしょ」

「おおッ、いいね〜。ついでにあったかい夜食も付けてくれるとお兄さん嬉しいな〜」

　何か裏はありそうだが悪い人ではないと思う。このキャラも嫌いじゃないしね。

「いいでしょう。では、また――」

　今まであれこれと悩んでいたことが馬鹿馬鹿しくなる。

「さて‥と。テンションも上がってきたことだし、今夜は暴れたいな」

　H.A.N.Tを取り出し、今夜のバディ要請を行う。お相手は、椎名と朱堂。攻撃スキルを十二分に活用させてもらおう。明日香のスマッシュも捨てがたいが、病み上がりのところを連れていったりしたら白岐に恨まれそうだ。

　

　

「う〜‥‥‥‥‥‥キツッ」

　あまりの足のダルさに現実へと引き戻される。なんで３年生って４階なんだよ‥。３階途中。あともう少しの辛抱だッ。

　えーと、んでもって明日香の見舞いを済ませてー‥‥‥。無事に肥後を解放してっと‥‥ッはぁ。新しい区画にいく程キツくなってく

が、今回の区画は本当に大変だった。通常の敵でさえ、今まで出てきたやつらと姿形こそ似ていたが実力はケタ違いで、あまりやりたくない接近戦も余儀無くされた。丁度クエストで手に入れた長斧が無かったらもっと苦労していただろう。

　あーもう、雑魚でさえもそんな有り様だったので、ボスの須佐之男なんて‥‥‥。いやまったく、シャレで持っていった丹波がなかったらヤバかったかも。ありがとう、大英博物館館長さん。心の中で、遠い英国へ向けて感謝の念を送る。

　ようやく目の前に、自室のドアが現れる。

　思わず頬擦りしたくなる程に嬉しい。自室に入るとマジでこのまま倒れて寝たいという欲求をなんとか最後の力で制し、装備を施錠できる場所へと収納する。

　これでようやく眠れる。俺のベッドさんただいま〜ッ。

　勢い良く倒れ込むと布団の感触が心地良い。皆守とは明日話をしよう。

　気持ち良く微睡んでいると、突然襟首を捕まれベッドから引き剥がされ‥‥ッて！？えええッ！！

　驚いて振り向くとそこには‥‥。

　

「‥‥‥‥ッ！？あッ‥‥み、皆守ッ」

　いや、ちょい待って。まだ心の準備がってゆーか、タイミングの女神様ってば俺の事嫌ってらっしゃる？

「言っておくが、俺は急に現れたわけじゃない。ずっとここにいたからな」

　気がつかなかったーーーッ！！あんまりにも驚いたせいで睡魔さんが裸足で逃げ出したよッ！ああああ‥‥なんか小動物みたいな扱いされちゃったりなんてしながら何処かへ強制連行されてゆく。うわー‥、いい歳して恥ずかしい。

　とりあえず、途中で誰かに擦れ違わないことを祈るしかなかった。

　ズリズリズリズリと引きずられているが、ついに目の前に恐怖の階段が現れる。いましがた、現実逃避してようやく昇ってきたというのに、あの苦労を思い出すと目の前が真っ暗になるような錯角に陥る。

　

　へ？

　突然の浮遊感に、一瞬呆気にとられる。不安定な体勢を支える為、無意識に皆守の肩に腕をまわし、抱き着くかたちになっていた。あろうことか、俺は皆守に抱きかかえられていた。鼻腔をくすぐるラベンダーの香りに、あらためてこいつと密着していることを思い知らされる。うう、皆守が歩く度に頬に髪が触れてくすぐったい。

　あー‥‥もう。しばらくはジタバタと暴れていたが、羞恥心の許容量を超えた所為かどうでもよくなってくる。まぁ、いっか‥楽だし。

　

　ゆらゆら揺られ、風呂場に辿り着く。

　

　

「うわッ！？ちょ‥やめッ！！」

「うるさい。お前に文句を言う権利なんて無いッ」

　いや、待てってばッ！

　それくらいの権利はあるだろって、上着を脱がされながら思う。我ながらのんきだと思いながらも皆守から脱出し、浴室にエスケープ。

　湯気の充満するこの場所で、軽く埃を洗い流し湯舟に浸かる。

　自室のシャワーよりもこうしているほうがやはり気持ちがいいし疲れもとれる。

　あー‥‥気持ちいい―――、意識が遠のきかけたところで湯舟から引き上げられる。

「え‥まだ入って‥‥」

「ばーか。このまま放っておけばお前は寝ちまうだろうが」

　図星です、はい。だがほんのちょっぴし反抗してみる。

「ッ！！‥‥いいだろ、寝たって‥‥お前だって何処でも寝るだろ」

「こんなとこで溺死されたら迷惑なんだよ」

「う‥‥‥」

　前科があるだけに分が悪い。おまけに旅情サスペンスでありがちな浴槽に死体というコンセプト――、実際にあったとしたらその風呂には入りたくなくなる心理を理解したため大人しくする。

　椅子に座ると、目の前の鏡に腕まくりをした皆守が見えた。えーと、シャワーまで手に持ってるんだけど、もしかして俺を洗ってくれる気？

　丁寧に髪の根元までお湯で濡らすと、頭を洗いはじめた。あまりの気持ち良さに、自分で洗おうという気力がキレイさっぱり消失する。

　洗われながら、あらためてこいつの世話焼きっぷり感動する。思わず『皆ママ』と冗談で言いたくなるが、そんな事をすればただでは済まないと思っていたところで頭からお湯をかけられた。

　それもシャワーからではなく、洗面器に貯えられたお湯で勢いよく――。反射的に目を閉じるが、少量だがシャンプーの泡入りお湯が目に入ってしまった。痛ッ！目にしみて物凄く痛い。

　だがそんなことまでは気にかけてくれない皆ママは、容赦なく作業を続行する。

「ちゃんとコンディショナーまで使ってやるんだ、感謝しろよ」

　お湯かけのあまりのタイミングのよさに、心の声が洩れていないか本気で心配になった。

　

　

　手渡されたホットミルク口を付ける。

　少々熱かったが、舌に広がる甘さが心地良い。わざわざ甘さを加えてくれた皆守の配慮を嬉しく思う。風呂上がりに、飲み物のサービスつきでなんというか、いたれりつくせりな状況で、昼間あれこれ悩んでいたことが嘘のようだ。

「ほら、洗ってくるからよこせ」

　飲み終わったカップを皆守に手渡すと顔をしかめた。カップを落とさないよう手を添えた時、差し出されたあいつの左手の甲に触れてしまう。

　慌てて左手に視線を移すと、その場所は青黒く変色していた。血の気が引く音が聞こえるような気がした。その怪我を見た瞬間、一気に昼間の出来事を思い出す。

「ゴメン‥」

　どうしようもなくイライラし、壁を殴ろうとした俺の手をかばった結果。

「そんなに心配されるようなもんじゃない」

　自分の大人気なさに嫌気がさす。

「本当にゴメン‥」

　最近の俺はどうかしている。胸を締め付ける苦しさに、自分の胸元に爪をたてていた。‥‥ったく、なんだってこんなに不安定なんだ。

　本当にどうなってるんだ。

　

　え―――。

　体を包み込む温かさに、思わず身をゆだねてしまいたくなる。

　けれど胸の痛みおさまらず、俺を抱き締める皆守に爪をたててしがみついてしまう。

「‥何があった？」

　耳もとで優しい響きをもった言葉が零れた。

　ああ、こんな台詞も言えたんだな。

　言うべきか、しかし‥‥。何から、何処から話せばいい？

　頭の中で思考が乱れる。

　

「一体何があった？言わないとこれからずっと面倒みてやらないぞ」

　黙ったままの俺に焦れたのか、言葉に少々怒気が含まれている。

「‥‥あ、その‥‥‥‥‥‥‥」

　面倒を見てもらうことをずっと期待しているわけではないが、皆守との関わり合いが少なくなるのは嫌だと思った。

　どう話そうか考えるが、うまく思考が働かない。ああもう‥‥‥‥いっか、全部話してしまえば。ついに、脳が思考を拒絶した。

　恥ずかしいが、情けないところを見られるのはこれが初めてってワケでもないし、涙まで見られてるんだ‥今さらカッコつけようとしたって仕方ない。

　

　‥‥‥そうだな、ついでに自分の考えをまとめよう。人は相談というカタチで自分の思考を整理する。話ながら、ここ最近の危うい心理状態の原因を探そう。ロクな情報、思考の材料もないのに色々考えては落ち込んでいる。そんな状態は不毛だ。

　

　とりあえず話そう。

　

　自分の思惑など混ぜず、実際に感じたこと、あったことを―――。

　皆守と一緒に居て感じた違和感。それを気にして、あれこれ考えていた自分。

　少しずつ、ゆっくりとだが言葉にしていく作業を始める。

　なかなか進まない話しを、皆守は静かに、俺を抱き締めたまま聞いてくれる。

　

　おかげで、自分の考えをまとめる作業が落ち着いてできた。

　

　

　

　ああ、そう‥‥か―――。

　どれくらいの時間を要したろうか。

　ようやくひとつの答えを導きだし、胸のつかえていたものが溶解していく。

　何も難しく考えることなんてなかったんだ。

　ただ、自分にとって皆守が失いたくないと思う程に、大切な存在になっていただけだったんだ。ただ嫌われたくなかっただけの話。

「守ってやるから‥‥‥」

　そのひと言に、いままで張り詰めていた神経の糸が解れ、同時に意識が深い眠りの世界へと引き込まれる。

　

　

　

「ん‥‥‥」

　鳥達のさえずりや、カーテンの隙間から零れる太陽の光で、朝が来てしまったことを知る。

　久しぶりにゆっくりと眠れた気がする。

　睡眠時間は短かったはずだが、目覚まし時計が鳴る前に、気持ちよく目覚めるなんて珍しかった。

　ふと、口の中に違和感を覚えた。

　微量だがラベンダーの香りがする。

　どうしてだろう？

　

　　んーー‥‥‥。

　

　　‥‥‥まぁ、いっか。

　今はそんな事より、もう少し微睡んでいたい。

　隣で眠る皆守の体温が、程よい温かさでとても心地よい。

　ラベンダーの香りは、皆守にくっついて寝ていたから移ったのかな。

　腕にはめたままの時計で時間を確認すると、幸せなことにまだ起きる時間には幾分早かった。

　

　

「もー少し寝よう」　

　

　

　甘い誘惑に潔く身を委ねた。

　

　

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