＋＋＋5th.　Discovery「星の牧場」

Act4　＜恋と呼ぶには幼すぎて：皆守＞

　

　

　

　この部屋の主人は今頃、遺跡だろうか？

主人不在の部屋で、勝手にベッドを占拠する。

　さしてやる事などないので、惰眠と言う穏やかな時を過ごそうとするが、上手くいかない。それもこれも、全てはあいつの所為。

　今夜は誰と潜ってる？

　このところ面白くない事ばかりだ。朱堂の件以来、しばらくの間はからかい甲斐があって楽しかったが、徐々に落ち着いていくのがつまらなかった。おまけに、何時の間にか八千穂と名前で呼び合って喜んでいるし‥。

　ちッ‥‥‥。

　寝返りを打つと、品のよいアンティークの戸棚が視界に入る。硝子戸から見えるのは、あいつがコレクションしている様々な紅茶の缶に蜂蜜、お気に入りのティーセット。

　この部屋を訪れると、必ずあいつはお茶を煎れてくれる。この棚を開け、楽しそうにお茶の缶を選ぶと、見愡れる程に鮮やかな手付きで煎れてくれる。そんな風に煎れてくれたお茶は、基本的にコーヒー党な俺が飲んでも美味しかった。ただ、紅茶の場合は少々甘過ぎるのが難点だが。　

　ふと、棚に見なれない‥いや、異質なモノに気がつく。

「これは‥‥‥」

　近付いてみると、缶コーヒー‥‥カフェオレの缶だった。

　これはいつか九龍に俺が買ってやったものではないだろうか？そうだ、確か朱堂の件で、八千穂に強制的に見回りをさせられた時にあいつに買ってやったものだ。

　俺はブラックコーヒーで、ブラックが苦手な九龍には、甘くて飲みやすいコレを選んだ。飲みやすい紅茶にしなかったのは、コーヒーに少しずつなれさせる為。

　あの時は、飲もうと思った時に奴が表れ、それどころではなくなってしまったのだが‥‥。

「まさかこんなところに入れてあるとはな‥‥」

　いらないものであれば、こんな所へ仕舞ってはおかないだろう。思いもかけない出来事に、笑みが零れるのが分かってしまう。戸棚から缶を取り出し手に取ると、そっと静かに口付ける。

　これを、喉が乾いたからと飲んでしまおうか。

　その時あいつは、いったいどんな顔をするだろうか？

　楽しい計画のメドが立ち、少しばかり気持ちがすっきりする。そして、今日の所は缶を元の場所へと安置した。

　ちょうど返し終わったところでドアが開き、この部屋の真の主人が戻って来た。

　

「おい、九‥」

　

　声をかけようとするが少し様子を見ることにする。

　

　俺の存在にも気がつかず、虚ろな表情で疲れた体を引きずるように動かしている。こいつがこんな状態の時は世程、限界近くまで体を酷使した時だという事を知っている。

　九龍は物騒な装備をなんとか仕舞うと、ベッドへと倒れ込む。

「ッたく、何やってんだかな‥」

　埃まみれのまま朝まで寝ちまうつもりか？朝弱いお前が、早起きして風呂に入るなんて芸当はできないだろうに。とりあえず風呂道具を持つと、襟首をひっつかむ。

「‥‥‥‥ッ！？あッ‥‥み、皆守ッ」

「言っておくが、俺は急に現れたわけじゃない。ずっとここにいたからな」

　大きな目を更に大きく見開き、わたわたと慌てている。そんな生物を取りあえず拾うと、風呂場へ連行する。

「うわッ！？ちょ‥やめッ！！」

「うるさい。お前に文句を言う権利なんて無いッ」

　上着を引き剥がしたところで逃げられる。それぐらいの元気は残ってたか。浴室へと向かう九龍を見送ると、自分の服の袖や裾を捲り上げる。

　中に入ると九龍は、四肢を弛緩させダラダラと湯に浸かっていた。目と瞑り、非常に気持ち良さそうにしているが、放っておけば溺死するだろう。頃合を見計らって、ヤツを湯舟から引き上げる。華奢な体は簡単に持ち上げる事ができる。

「え‥まだ入って‥‥」

「ばーか。このまま放っておけばお前は寝ちまうだろうが」

「ッ！！‥‥いいだろ、寝たって‥‥お前だって何処でも寝るだろ」

　生意気にも反論してくる。

「こんなとこで溺死されたら迷惑なんだよ」

「う‥‥‥」

　黙ったところで椅子に座らせると、シャワーを頭からかけ、シャンプーを手に取るとゴシゴシと洗いはじめる。なんだか、泥だらけの捨て猫を洗っているような気持ちになってくるから不思議だ。

　何だか暴れているようだが、構わずにシャワーで泡を流す。

「ちゃんとコンディショナーまで使ってやるんだ、感謝しろよ」

　

　

　洗う作業が終わったので、部屋に戻り仕上げのドライヤーをかけてやる。やはり放っておけば濡れたままで寝てしまうからだ。まったく手のかかるヤツだ。

　乾いてきた髪を手櫛で整える。指先から流れるやわらかな感触が心地良い。

　一通りの作業を終えると牛乳を温めて飲ませる。

　今着せた、白い大きめのセーターからは、指先がかろうじて見えている。ベッドにちょこんと座り、カップを両手で抱えて飲む姿はまさに猫のようだった。それも子供の。

「ほら、洗ってくるからよこせ」

　飲み終わったカップを受け取る時に、受け取り損ねて落としそうになる。慌てて受け止めようとした九龍の手が、俺の左手に触れた所為で少々痛んだ。

　

「ゴメン‥」

　眉をしかめる俺を見て、九龍は今にも泣き出しそうな表情で言葉を絞り出した。

「そんなに心配されるようなもんじゃない」

「本当にゴメン‥」

　瞳に浮かぶ涙は、今にも零れんばかりだった。

　やれやれ、本当にたいした怪我ではないんだがな‥‥。

　思い起こせば、今日の九龍はどこかおかしかった。一緒にいる間、何度となく黙り込む事が多かった。八千穂が倒れた所為だけではない。そう‥あれはマミーズで昼飯を食ったあたりから、妙に寂し気な表情を見せるようになった。いつもなら平然と微笑んでいるやつだというのに。

　ちッ‥‥。何が原因だ？

　一緒にベッドへ腰を降ろすと抱き寄せる。

　九龍の細い肩は、ちょうど腕の中に収まった。

「‥何があった？」

　耳もとで優しく問う。

　だが、抱き締められたまま、俺に爪を立て必死にしがみつくだけで、一向に口を開かない。早く教えろよ。

「一体何があった？言わないとこれからずっと面倒みてやらないぞ」

「‥‥あ、その‥‥‥‥‥‥‥」

　

　ふッ‥‥。どうやらこの脅しは有効なようだな。

　少しずつ、ゆっくりとではあるが言葉を紡ぎ出す。

　

　

　

　

　

「ほら、もう寝ろよ」　

　抱き締めたままベッドへ横になる。もう、そろそろ限界だろう。

「守ってやるから‥‥‥」

　まさかな、俺の事を気にして、あんなにも不安定になっていたとはな‥。

　すべてを話し終え、夢と現の境を彷徨う九龍にそっと囁く。

　

　

「なァ、その感情の名前を教えてやろうか？」

　

　

　ほのかに赤みを帯びた口唇に、そっとくちびるを重ねた。

　

　

　

100MB�����z�[���y�[�W�� �������T�[�o�����|�b�v