＋＋＋5th.　Discovery「星の牧場」

Act1　＜罪悪感＞

　

　

　

　チャイムの音が授業の終わりを告げる。

　お昼ということもあり、室内が騒がしくなる。

　

　突然の明日香の言葉にしばし逡巡する。

　悩み事‥そう聞かれて思い出してしまったのは、前回朱堂の一件で、皆守と明日香の前で不覚にも素で泣いてしまった事。更に、そんな失態のおかげで情緒不安定ぎみで余裕を無くしていた俺は、皆守に借りを作りまくった挙げ句に散々からかわれたのだった。あ‥悪夢だ‥‥。

　だが今は、なんとかあの忌々しい記憶を心の奥底に封印し、まるでそんな事実など無かったかのように振る舞っている。

「大人は悩みがあっても口には出さないのだよ」

　わざとらしく芝居がかった表情で誤魔化す。

「な〜んだ、その様子なら悩み事は何も無いみたいだね。何かあればあたしが何でも聞いてあげるのにな〜」

「ふふ、でも急にどうしたんだい？そんな事を言うなんて」

　まさか、例の件で俺の事をいまだに心配しているのか不安になり、つい理由を聞いてしまったのだが、どうやら考え過ぎだったらしい。

　何時のニンジンとか、理解不能な単語が飛び出したが、要は『良い人』に感銘を受け、人に親切にするように心掛けているとのことだった。

　素晴らしい人材に影響を受け、すぐに実践している素直さは非常に良いのだが、何か釈然としない。本来、褒めるべき行為なのだが‥

‥。本人は元気で、今はとても精神的に充実していると言ってるわりには、何か疲れた印象を受ける。そんな、精神と肉体のアンバランスさが気に入らない要因だろう。

　

「あぶなッ！？」

　ふらついた明日香が、皆守にぶつかりそうになる。

「ちょッ‥大丈夫か明日香？」

「えへへ、つまづいちゃった〜」

　嘘だ。今のはつまづいたんじゃない。

「八千穂‥‥、お前、顔色悪くないか？」

　皆守が見ても具合の悪い明日香。大丈夫だからと、いってしまったが本当に大丈夫なのだろうか。

　

「明日香、最近つき合い悪いよね〜」

「テニス部にもあんまり顔出してないみたいだしね〜」

　クラスの女子生徒の会話が気になる。

　

「‥‥何の話かわからないが、詮索しても仕方がない。俺達は昼飯にしようぜ」

　まったく、皆守の言う通りだ。噂話しごときであれこれ詮索するのはよくない。下手な先入観は誤った判断をしかねない。

「ああ、行こ‥‥ッ」

　

　いつの間にか、皆守と昼飯を一緒に食べるのが習慣になっていることに気がついた。

「ん？どうかしたか？」

　

「あ‥ああ、いや、なんでもない」

　

　ふと、自然に笑みがこぼれる。

　

　

　

「いらっしゃいませェ〜」

　マミーズにつくと、明るい奈々子ちゃんの声が出迎えてくれる。

　すると皆守が、奈々子ちゃんのマニュアル通りな台詞を言う前に、あっさり「二人」と答えてしまう。そんな些細な反抗が、妙に子供っぽく見えてしまって可笑しい。

　笑ってしまいそうになるのを必死でこらえていると、奈々子ちゃんが助けを求めてきた。

　

「大事ですよねぇ。マニュアルって」

「ああ、もちろん大事だよ。まぁ、それに書いてある事をただ覚えて言えばいいってものじゃないけどね。マニュアルに書いてある言葉、対応の仕方を自分のものにし、心をこめ‥更には多様なお客様に合せて、アレンジできるようにするのがプロって‥‥‥‥‥」

　

　ふと気がつくとポカンとした表情の皆守。

　あ‥‥‥。しまったぁああああああ！ついつい語ってしまったぁあ！！

「うはァ！！そこまで熱烈に語られるとは‥‥。九龍くんってば、絶対、接客業に向いてますよ！！」

　既に表稼業でやってます。

　幼い頃から働かされていたし、なんといっても、接客に対して独自の信念をもつ母に育てられたのだ。嫌な事があっても絶対顔に出しちゃいけない。いつも笑顔でいなさいとか、あれやこれやとほんっとーに色々仕込まれたなぁ。

　そーそー、あれは１０歳くらいの時だったかなぁ。すっげームカついた事があったんでずっとムスッとした表情してたら、なんと三日三晩（決して比喩じゃありません）切々と表情とはいかに大事なものかを語られちゃったっけなぁ。あ、なんか懐かしくって泣きたくなってきた。

　

「――あたしも参加してみたいな〜なんてッ、ねッ、どうです？九龍くんも一緒に？」

　ヤバッ、うっかり回想に夢中で話を聞いてなかったよ。

　うーーん、とりあえず誘って貰えるってーことはいい事なので、喜んでお誘いに乗る。くれぐれも話を聞いていなかったなんてことがバレないように、ごく自然に会話をするように注意する。

「きゃ〜んッ、嬉しい〜！！やっぱり一人じゃちょっと不安だったんですよォ〜。九龍くんが一緒なら、もォ〜全ッ然安心です〜ッ」

　いやぁ、喜んで貰えてよかったよかった。

「‥‥‥‥まったく‥‥‥。少し冷静になって考えてみろ。胡散臭いにも程があるだろ」

　結構、手厳しいことをいうやつだが、なんかちょっと、トゲのある言い方に、苦い思いが込み上げる。

　奈々子ちゃんがまた何か言っていたはずなのだが、またもや聞き逃してしまった。

　

　「‥‥《隣人倶楽部》か‥‥。胡散臭い噂なんてのはこの学園には珍しくもないがな。噂の真意はともかく、八千穂の事が心配か？」

　《隣人倶楽部》？ふぅん、そういう名前のものについての会話だったのか。

「ん、ああ。気になるよ。なんか妙にひっかかるものがあってね。おまけに具合も悪そうだったし‥」

「ふん‥‥。お前らしい答えだな」

　なんか、いまひとつ良くない反応に、自分の言葉のどこがいけなかったのか探してしまう。

「なぁ、九龍」

「え‥ああ、なんだい？」

　ドキリと心臓が小さく跳ね上がる。

　このところ皆守と俺は、まるでちゃんと回ってはいるが、微妙に噛み合わない歯車のようにぎこちない。

「どうしたんだい？」

　次の言葉が紡がれない事に不安を感じた俺は、内心とは裏腹に微笑んでいた。

「そう‥さっきの接客って言葉で思い当たったんだが、お前って人と接する時、まるで客と話してるみたいに感じる時があるんだよなぁ」

　

　水の入ったグラスを、思わず落としそうになる。

　

　皆守の口調は決して俺を責めてはいない。しかしながら、怒っているのではと感じてしまうのは、俺の中の罪悪感の所為。

　罪悪感？自分で自分の表現に首を傾げる。自分では悪い事をしているつもりはなかったんだが、それはただの逃げで、実際には皆守に後ろめたい行動をしていたんだとようやく自覚する。ここ最近の微妙な関係は自分で招いた結果。

　っはぁ‥‥。盛大に溜め息をつきたくなるが、心の中だけに止める。

　人付き合いに関しては常に、相手に失礼にならないように、悪い印象を与えないように、人当たりよく接するように心掛けている。だがしかし、自分では相手の為と思って行動していたはずが、自分とは対当、いや、同じ『高校生』では無い自分は、彼等と仲良くしたいと思う反面、一線を引いて付き合っていた。そんな歪んだ人間関係を築いていたことを、皆守にはバレているかもしれない。妙に鋭いところがあるからな。

　

　あーあ、マジでバレてるかも‥‥。

　

「‥‥うん、そうかもしれないな」

　

　諦めに似た感情が、俺の脳内を支配する。

　その後は、皆守との関係をどうやって修復しようか考えるのに必死だった。あまり食欲が無かったので、軽めのサンドイッチを注文したが、まるで紙か何かを詰め込んできるかのように味気なかった。

　

　

　

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