＋＋＋4th.　Discovery「明日への追跡」

はじめに　＜微笑の種類＞

　

　

　っはぁーーーーーーー。

　俺はなんだってこんな集団に混じっているんだ？

　

　ことのはじまりは九龍からの呼び出しメールだった。

　部屋に来るようにとあったが‥、とりあえず行ってしまったことを後悔する。

　部屋には既に八千穂、取手、椎名が居やがった。なんかすげぇ嫌な予感。

「やっほー♪皆来てくれて嬉しいよ〜ッ」

　嬉々として喜ぶ、ノー天気な九龍の声が忌々しい。

「ねぇねぇ、こんなに集まってなにするの〜」

　同じく楽しそうな八千穂‥それ以上聞くな。

　ごそごそ取り出すカード状のものの束。それは言わずと知れた‥

「いっや〜皆でトランプしよーと思って♪」

　予感的中。

「付き合ってられるかッ」

　俺は背を向け、とっとと部屋へ戻ろうとすると、なにかがくっ付いてきた。

「ぎゃー待てってば〜〜ッ。学生生活を楽しみたいんだよ〜。俺のささやかなドリームに、ちみっとばかし付き合おうとか思わない？」

「思うかッ！俺は忙しいんだよッ」

「睡眠に？」

　ポソッと呟く声。取手‥結構いい性格してるじゃねぇか。

「とっとと放せッ。お前の下らない遊びに付き合ってられるかッ」

「ただの遊びじゃないよぅ。そこに罰ゲームなんか加えてみちゃったりして、ちょっぴしスリリングに♪」

　ロングコートチワワの様に、ウルウルと瞳を潤ませる九龍。一瞬だけ情が移りそうになったが‥‥。

「余計にくだらん」

　まったくもって下らない。俺は自分の意思を貫いた。

　

「あら〜、嫌がる人を無理に誘わなくてもいいのではぁ〜」

　それまで沈黙を保っていた、椎名のもっともな発言。だがしかし、なにげに俺の神経を刺激するのは気のせいだと思いたいが思えない。

「なんだかんだ言ってぇ、実は罰ゲームが恐いのかもしれないですしぃ〜」

「おい‥」

「まっさか〜皆守クンに限ってそんなワケないよね〜」

「そう‥そんな筈はないよね」

　口々に勝手なことを言いやがる。

　いだろう、やってやろうじゃねぇか。くそッ。

「あー分かった分かった。付き合ってやるよッ！」

　九龍の表情がぱっと明るくなった。

　

　

　あー、そんなこんなでお遊技に付き合ってしまったわけだが、俺の心のイライラゲージは徐々に上がりつつある。

　基本はただの「ババ抜き」。罰ゲームの方は、１〜３位になっても何も無く、４位になった人間が、５位の人間に命令し何かをやらせるといったものだった。このゲームの醍醐味は４位になって命令権を獲得することだが、それには５位になってしまうかもしれないという、危うい一騎討ちでの駆け引きが楽しいらしい。　

　俺はめんどーなので、早々に抜けてしばらく傍観者に徹することを続けていた。

　観察していると、九龍を除く他の連中は、なんとか九龍との一騎討ちに持ち込みたいという想いを胸に、水面下で密やかに攻防しているようにみえた。

　罰ゲームは、たとえば今飲んでいる飲み物に愛を３分以上語るというような、くだらなくてオモシロハズカシイことが多かった。

　そういったことを容赦なくやらせるのに何故か九龍がうってつけだったりする。つまり構いやすい人物だということなのだろう‥‥ッて！？おまえら九龍狙い過ぎだッ！

　狙われている当の本人はそういったことには無頓着なのか、それとも慣れているのか‥「ぎゃーッ！また俺〜〜ッ！！」などと泣き笑いしながら楽しんでいるように見えた。

　お前ってヤツは‥‥‥‥ッ。

　九龍は自分のペースは崩さず、勝敗なぞ関係なく経過を楽しんでいる。アホめ、ちったぁ勝敗を気にしろと思うが、決して負けっぱなしという訳でも無い。

　相手がなんとか九龍より先に上がろうと画策してみても、ただの素人の駆け引き程度では確率の問題にしかならない。そのため、九龍が勝つこともしばしばだったが‥

あいつの命令の仕方はナマ温いっちゅーか、命令になってねぇッ！！

　先ほど、取手との一騎討ちに勝利した九龍がした命令は『俺のためにピアノ演奏して』というものだった。

　‥‥‥‥思い出してイライラする。あー、もうお前はバカか、バカだったよなぁ、九龍。んなモン命令なわけないだろッ！むしろ相手が喜ぶだろーがッ！！

　アロマを深く吸い込む。

　表情は普段通りのポーカーフェイスを決め込んでいるので、こいつらには俺の内心がどんなにイラだってるかなんて分からんだろうがな。

　ふと、椎名と九龍の一騎討ちを見守る。

　九龍‥絶対に負けるなよ。

「きゃーッやったです〜。リカの勝ちですの〜」

　‥‥‥‥‥おいッ！！

　非常に楽しそうに罰ゲームを考える椎名は今、クソ生意気なチビ眼鏡よりもムカつて見えた。ちなみに、泣き笑いしながら命令を待つ九龍にもなんとなくムカついていたりする。

　しばらくして頬をうっすらと赤く染めると、椎名の目が一瞬俺を見た。すると‥

「うふふッ、罰ゲームはァ、リカをお姫さま抱っこでこの部屋を１０周ですの〜」

　‥‥ぷち。

　今、俺に喧嘩売ったろ‥椎名。

　いいぜ、買ってやろうじゃねぇか。

　九龍のアホが椎名を１０周させる間に、先程１位になった俺がカードをきる。八千穂と取手がやつらを見ているうちに、ジョーカーを抜き取ると集めたカードの１番下に入れる。キレイにまとめる時に、きちんとジョーカーが下になっているか確認。その後は、話しながら他のカードだけがしっかりと混ざるようにきり、ジョーカーはまだ動かさない。最後にカードをきる時に、ジョーカーを一番上にし、確実に自分のところへ来るようにした。

　俺がちょうどすべてを配り終えたところに九龍と椎名が戻ってきた。赤面しながら会話するあいつらに更に腹が立つ。

「うー、次こそは頑張るぞーッ！」

　などと、八千穂たちは気合いを入れているようだが‥残念だったな。次のゲームは本気でいかせてもらうぜ。　　　

　

「絶対勝たないと‥‥」

　何故か苦悩する九龍。

　俺は洞察と少々のイカサマを使い、予定通り九龍との一騎討ちに持ち込む。

「ふん、勝てるものなら勝ってみろよ」

　外野から九龍にエールが送られるが‥‥、俺は絶対に負けないんでな。

　

　

　九龍が残り１枚‥俺が２枚。

　俺は２枚を表通しでピタリと合わせ、上下で一応選ばせてやる。

　九龍は会話から俺の思惑を引き出したい様子だが、残念。必ずジョーカーを掴ませる気満々な俺にはその手は通用しないぜ。やつの考え込む表情‥今までとは違って『何故かものすごく真剣』なのは俺の気のせいか？だが、その表情や外野からのヤジが非常に心地よい。

「‥‥‥う、上で」

　恐る恐る答える九龍。

　すかさず、すり替えたジョーカーを持たせる。

「‥‥‥‥‥（無言で頭を抱える九龍）」

「あちゃー」

「残念だったね」

「むー、残念ですの〜」

　残念だったな。こいつは負けることになってるんだよ。

　九龍に渡ったカードはハートのクィーン。俺に見えないようにジョーカーとシャッフルするが、女王様はお前に微笑まないぜ。

「勝負ッ！」

　２枚のカードが差し出される。

　指先でそれぞれのカードの縁をなぞる。さすがと言うべきか、他のやつらとは違って目線ではカードを読むことが出来ない。大抵の人間は、こうして指先でカマをかけると目線で語ってくれる。

　まァ、これは確実な方法とは言えないので、俺には痛くもなんともないがな。

　俺は九龍の瞳に写ったクィーンのカードを抜き取ると、手持ちのクィーンと共に投げ捨てる。

　

「俺の勝ちだな」

　頭を抱え倒れ込む九龍のリアクションが心地よい。

　

　

「さてと‥罰ゲームは」

　部屋の一角の、九龍が依頼人からもらった品がおいてある場所をあさる。その中から４種類を選び、さらに亀マークのダンボール箱に入れて、どれに何が入っているのか分からないようにする。

「この中にはそれぞれ、当たったらすっげえ嫌なモノが１つ、笑えるものが２つ‥そして、優しい俺様はノーマルなモノを入れてやった。

ここから１つ選んだものを装備して、今夜は遺跡探索してもらおうか」

　九龍は箱の中身を想像しているのか、明らかに顔色が変わっていた。

　基本的な表情は笑顔‥例え困っていても顔が笑っているようなやつが、今は本当に困った顔をしている。

「さぁ、選べよ」

　

　

　クッ‥ハハハッ！お前大当たりだよマジかよ。今のお前にはネタの神が降臨してるに違い無いッ。

「み‥‥皆‥守‥‥‥‥」

　潤んだ瞳で俺にしがみつき必死で懇願する九龍。主導権を握る俺は非常に気持ちが良かった。さて、もう少しイジめてやるかと思った矢先、それまで興味深そうに眺めていた八千穂と椎名の目が異様に輝いていることに気が付いた。

「あたしちょっと行ってくるッ！」

「あ、リカもですの〜」

　女共の奇妙な雰囲気に背筋が寒くなる。

『あたしたちが戻るまで絶対いてねッ』

　絶対零度の微笑みとでも言えばいいのだろうか。

　めくるめく惨劇への予感が脳裏をよぎるが‥断じて俺は悪く無いからな。

　

　‥‥‥‥数分後。

　これ以上は九龍の辛い顔を見ていられないからと、退出してしまった取手。

　そして、意気揚々と戻ってきた女共に部屋から追い出された俺。中からは悲痛な叫びが聞こえるような気がするが、アロマを深く吸い込み無視をする。

　九龍が選んでしまったのは、例の未亡人から届いたという『ガーターベルト』。野郎にそんなもん送りつけるなんて欲求不満なのかよ。

　まぁ、ちょっとした嫌がらせのつもりで入れたのだが‥女とは恐ろしいと心底思う。

　

　しばらくしてドアが開けられる。

　‥‥‥‥なッ。

　思わずパイプを落としそうになる。部屋には、丈の短かめな天香の制服に‥椎名の趣味だろうが、黒いリボンとレースが付いた、パンストにヘッドドレス姿な九龍が居た。もともと女顔だとは思っていたが、ちゃんと化粧までされていて、なにげに似合いすぎていて違和感が無かった。

　

　おい、どうやってツッコめばいい？

　

　　

　

「ポイッと〜〜」

　間の抜けた声とは裏腹に強烈な爆音が響き渡る。更に追い討ちをかけるかのように、九龍がガスＨＧを投げるので爆音が続く。耳が痛ぇ‥‥、聞き慣れたと思っていた音だったが、椎名には爆発物の威力を増幅させる効果があるため、いつもより幾分派手に響きやがる。

　化人どもが弱ったところへ、鉛の雨が降り注ぐ。

　九龍の手に握られるマシンガンのAUG。主にマシンガンをメインに戦う九龍にはめずらしくもない光景なのだが、問題はその撃ち方にあると思った。普段はそう、敵の弱点に的確に撃ちこんでいる。しかし今は、無造作に撃っているように見えてその実、敵の弱点は狙っているってーか、明らかに撃ち過ぎだろ。

「‥‥‥容赦無いな」

　思わず声がもれてしまった。

　椎名と和気藹々と、立ちはだかる化人を消滅させる。

　お姉様〜などと黄色い声の椎名と悪ノリする九龍のコンビには、まったくもって近付きたくないないのだが、それ以上に今の九龍には近付きたくなかった。

　いつもニコニコしている九龍だったが、キレるとヤバイ奴だったか‥‥。

　まぁ、さすがにあの短いスカートで走り回るのは嫌なのだろう。九龍はあまり動かず、離れた場所から一掃している。そのため怪我の心配はあまり無く、傍観しているだけでいい、いいのだが‥‥‥。

　時折、爆風で舞い上がるスカートの下からは、八千穂の仕業だろうが‥あのな‥レースフリフリなスコートまで履かせるなよ。鬼かお前等‥。

　しかもあのH.A.N.Tのナビ‥やめてくれ。冗談めかして九龍を冷やかしているが、精神衛生上非常に良く無い。おかげでアロマの量が必然的に増えたじゃねーかッ！

　いつもよりハイペースで突き進む九龍。いつの間にか化人創世の間に来ていた。

　早々に雑魚を駆逐すると‥

　伊邪那岐を前に、微笑み‥まるで歌うように、どこかの国の言葉を口ずさみながら次々とボウガンの引き金を引く九龍。見た目の愛らしさと仕種がアンバランスな殺人人形（マーダードール）は一体何と言っていたのだろう？

　

　

　

　‥‥‥‥‥‥‥‥おい。

「なんで俺のベッドをお前が占領してるんだ？」

　

　　レースとフリルの世界から解放されたとはいえ、成りゆきであんなことになってしまった九龍を不憫に思った俺は、部屋に呼び‥やつのためにコーヒーを入れた。

　そして、食器を洗うためにほんの少し部屋をでていたら、ベッドの上にやつがうつ伏せに倒れていた。

「え‥え〜とぉ」

　口籠る九龍の上に座ると、ナマイキにもじたばたとする。

「そんなに襲われたいのか？」

　くすぐってやろうかと、ガラ空きの脇腹に手を伸ばす。よほど苦手なのか動かす前に白状した。ふぅん。

「ご〜め〜ん〜〜。悪気はないんだけど、気持ち悪くて動けないんだッ」

「なッ！？」

　そういうことは早く言えッ！慌てて退く俺の手を九龍が掴む。

「‥‥ブラックは苦手なのに‥調子‥に‥乗って‥飲んじゃった‥か‥ら」

　ほぅ‥。

　掴まれた手を振りほどこうとするが、しっかりと掴まれたままだった。

「あ‥その、空きっ腹で飲むと‥気持ち悪く‥‥」

「分かってて何故飲んだ？」

　お前は人から出されたものは断れないのか？体質的に受け付けなくとも‥ッ

　怒りが込み上げ、俺の声は鋭く変質していた。

「‥ごめん。ミルクとかおいてないみたいだったし‥」

　ああ、俺は何も入れない人間なんでな、そういったものは置いてないんだよ。無理なら無理と最初から言えよッ！

「皆守が初めて入れてくれたコーヒーだったから嬉しくて‥‥。気分悪くさせて本当にごめん」

　笑っていたが俺を見上げるその顔は、今にも泣き出しそうなほど悲壮なものだった。

　そんな顔するなよ。

　すっかり毒気を抜かれちまったじゃねーか。

「ばぁーか、自分の心配しろよ」

　クシャクシャッと九龍の頭を、掴まれていない反対の手で撫でる。

　呆気に取られる九龍。そういう表情をしたいのは俺の方だよ。ッたく‥

　そっと、掴んでいる手をはずす。

　

　一旦やつに背を向けると、枕元の明かりだけを薄く付け、部屋の電気を消した。

「うわッ！！」

　掛け布団を掴むと思いっきり引き抜く。上に寝そべっていた九龍は、コロリと転がった。

「お前を部屋まで連れていくなんて重労働はご免だからな。居候らしくもっと恥に行け」

　グイグイと壁際に追いやると俺も布団に潜り込む。

　九龍の表情は見えなかったが、きっと笑っている気がした。　

　

　

「ああ、そうだ。なぁ、九龍。遺跡で最後、どっかの国の言葉で何か言ってたろ。あれはなんて言ってたんだ？」

　ビクリと微かに身を反らせるが返答はない。

　ふん、寝たフリを決め込むつもりか。

　まぁ仕方ない、今日は大人しくしていてやるよ。今日はな。

　

　

　

−『やぁやぁ、こんばんわ。ご機嫌いかが？

　ママに言われなかった？いつもニコニコしてる人ほど気をつけなさいってね♪』−　

　

　

＜異星人騒ぎに続く＞

　

　

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