＋＋＋3rd.　Discovery「あの炎をくぐれ！」

サイドストーリー　＜それでも闇は光に憧れる：皆守＞

　

　

　

　「馬鹿ッ！！いいからそこから離れて伏せろッ！！九龍ッ――、」

　騒然となる店内において、その一角だけは、まるで切り離されたかのように、静かに、厳かに時が流れている。大きく見開かれた瞳は、何を映しているのだろうか。

　形の良い口唇が微かに動く。紡がれた何かを必死にすくい取ろうと試みるが、成功しなかった。

　ドサッ‥

　身体に走る鈍い痛みが、俺の意識を現実へと無理矢理引き戻す。

　一瞬何が起きたのか分からなかった。

　気が付けば、自分はテーブルの影へと押し倒された。

「なッ―――ッ―――！！」

　俺をこんな状況にしやがった張本人は、瞬時に反転すると、この騒動の原因へと向かう。

　待てッ！

　慌てて伸ばした手は、空を掴む事しか出来なかった。

　クソッ‥頼むから、そっちへ行くんじゃないッ！！行くなァア！！

「これは、いけませんね」

　台詞とは裏腹に、場違いに落ち着き払った声。

「あんたはッ―――！！」

　声の主は、颯爽と九龍に追いつくと、無駄に装飾された箱を取り上げる。

「あなたも伏せていなさい。

　ふんッ―――！！」

　勢いよく投げられた箱は、ガラスを突き破り俺達からは遠ざかって行く。

　砕け散ったガラスの破片が、日の光を反射して場違いな綺麗さを誇っている。しかし途端に、爆風によって四方に飛散する。

　ガラスの破片を踏みながら、放心する九龍へ近付く。破片が幾つか届くのが見えたが‥‥。良かった‥‥怪我は無いみたいだ。

　安心すると沸々と怒りが込み上げてきた。

　今回は、千貫の爺さんに助けられたからいいものの‥‥クソッ。もっと自分を大事にしろよッ。俺なんてどうなったっていいんだ。

「ッ‥‥馬鹿か、お前。俺なんか庇う必要はないんだよッ」

　俺の言葉が呼び水になったのか、ただ開かれていただけの目に感情が灯る。軽く眉間に皺が寄り、憂いを帯びた微笑みを返す。一拍の間を置くと、こう言いやがった。

「そう？皆守に何かあったら俺は悲しいよ」

　今にも泣き出しそうな、優しい微笑みに目を奪われる。

「‥‥‥ちッ」

　アロマを深く深く吸い込み、背伸びをひとつ。　

　ああ、陽射しが心地よい。こうして微睡んでいると、先程までの騒ぎがまるで出来過ぎた虚構のように思えてくる。

「ふん‥、野郎に見愡れるなんて‥最近の俺はどうかしてるな」

　九龍は今頃、境のジジィにコキ使われてる事だろう。奴を置き去りにとっとと店を出たはいいが、どうにも後味が悪いのでこうして待つことにしたのだった。

　のー天気で愛想が良くて、お人好しな《転校生》。オマケに、危なっかしくて放っておけないのでタチが悪い。奴が来てからというもの、俺のペースは乱れっぱなしだ。私生活における、平穏という二文字を返せよ‥‥‥‥‥。

　目を閉じると脳裏に浮かぶ、先程の尋常ではない九龍の姿。椎名の置き土産により、窮地に立たされた俺達。その時垣間見た九龍の表情は、およそ感情というものが欠落しきった無機質なものだった。

　まさかあんな顔をするなんて思ってもみなかった。

　恐怖に歪む訳でも、驚くとも違う表情。あの時何を考えていたんだ。

　庇われた時、あいつは俺を見てはいなかった。輝きを失った瞳は、現実ではない彼方の空間を見ているようだった。

　そして、ほとんど無意識の内に、身体だけで反応しているように見えた。

　そんなになってまで人を守りたいのか？

　お前をそんな風にしてしまったのには、いったい過去にどんな出来事があり、何処のどんな奴が関わっている？　

　一旦は九龍と合流したが、口やかましい八千穂から逃げる為、屋上へと避難する。ここに来ればやる事はひとつだ。いつもの、定位置へと移動すると寝転んだ。

　暖かい太陽の光と、屋上に流れる風は心地良く、絶好の昼寝日和だというのに眠る事が出来なかった。こんな時に口に含んだアロマは、いつもと違って心を麻痺させてはくれなかった。それどころか逆に、落ち着く事を許さなかった。

　仕方なくアロマパイプを口から外すと、無意識の内に唇を親指でなぞる。

「別に直接触れた訳でもないのにな‥‥」

　自嘲気味に呟いた自分がおかしかった。

　目を開くと、俺の心境とは違った、蒼く穏やかな空が広がっている。

　九龍はいつだったか、この空の色が好きだと言ってたっけな。ふん‥‥。バカであけすけで、人の事情なんてお構い無しに、俺の領域に侵入してくる。

　ふと、空を掴むかのように、ゆっくりと手のひらを伸ばしかけた。

　―――ッ！？

　かすかだが爆発音が聞こえる。

　まさか‥‥九龍ッ。《生徒会》があいつを放って置くはずがない。　

　急いで階段を駆け降りると、廊下の方から椎名の声が聞こえる。

　

「ふふふッ。試しにあなたたちもバーンってなってみます？」

　無邪気な恐ろしい問いに、九龍は憂いを帯びた微笑みを浮かべる。

「まァ‥‥。ふふふッ。恐いんですの？」

　お前にはそう見えたか。だが、俺にはお前を哀れんでいるようにしか見えない。

「ダ、ダメだよ、そんな事ッ‥‥。だって、もし死んじゃったらどうするつもりなのッ！？」

　‥‥ああ、それがきっとまともな奴の反応だな。八千穂‥‥。

「『死』ですかァ？それだったら別に構わないと思いますゥ〜」

「え‥‥‥？」

「だって、それならお父様がいくらでも代わりを用意してくれますの。『死』なんて全然大した事ではないですわよねェ？」

　静かに首を横に振る。その表情は、身を切り裂かれるような激痛に苛まれながらも人に心配させまいと、無理に笑みの型を作ろうと試みているようだった。

「‥‥‥どうしてそんなお顔をするんですの？」

　酷く儚い微笑みは、見ているこちらの方が辛くなる。

「人の『死』ってのはな、そんなもんじゃない」

　いつまでもそんな表情をさせていたくなかった俺は、横から口を挟む。

「‥‥‥‥‥‥？」

「死んだ奴には二度と会えない。誰もそいつの代わりになんてなれない」

　アロマを深く吸い込む。

「皆守クンッ！！」

「お前は本当に『死』の意味が解らないのか？」

「‥‥‥‥嘘ですわ、そんなの‥‥」

「嘘なんかじゃないさ。なァ、九龍？」

「ああ‥‥、そうだ‥‥‥」

　そう、短く答えた九龍の表情は一瞬凍りつくと、無理矢理声を絞り出した。

「‥‥お前も知っているのか。その痛みを‥‥」

　お前が想い出す人物は誰だ？今にも泣き出しそうな顔にイラついた。

　

　椎名が去っていく。

　

　九龍‥お前はまたあの遺跡へいくのか？

　椎名を救う為に、自分の身も省みることもせずに。

　そのお人好しで無茶な行動はヤケになってる所為なのか？

　苦しい想いから逃れる為の自虐行為じゃないのか？

「‥‥‥‥九龍―――。お前が何をしにこの学園に来たのかなんて、俺にはどうでもいい事だ。だがな、死にたくなければもうあの遺跡の事は忘れろ」

　驚いたのか、ビクリと一瞬体が震えた。

　忠告した俺の声には多少怒気が含まれていたかもしれない。

　交差する視線。その表情‥瞳から何を考えているのか探るように覗き込む。先に目を反らしたのは九龍だった。

　

「‥‥‥‥‥ああ」

　短い短い最低限の返答は、肯定と取るには物足りなかった。

　

「‥‥その言葉がその場しのぎでなければいいがな」

　

　

「少し、大人気なかったか‥」

　寮の自分の部屋へ戻ると、先程の会話を思い出し反省した。

　苛々としていた俺は、つい攻撃的になりすぎてしまった。

　まぁ、あいつにはあいつの事情があるんだろうが、そんな事は俺には関係ない。お前だって、俺の事情には関係なく関わってくるんだからな。　

　とりあえず、遺跡にさえ近付きさえしなければいい。

　

　

　ふ‥今度会った時は温かく迎えてやろう。

　

　

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