＋＋＋3rd.　Discovery「あの炎をくぐれ！」

第三幕　地下遺跡　天地の初めの紀＜謝罪と贖罪＞

　

　

　遺跡の礼堂でライフルの咆哮が木霊する。

　光が全く無いこの一室では、暗視ゴーグルが非常に役に立つ。

　だが、このゴーグルときたらバッテリーの減りが異常に早いので、さっさとケリを着けたいところだ。

　手前の三体を倒した時点では、まだ弱点が分からなかった。思わず、Ｇ３Ａ３ライフルの攻撃力の高さに感謝する。

「無理してでも買っておいて正解だったな‥」

　離れた第二陣に向かって銃の引き金を引く。死人の被った笠に張り付いた目にヒット。おかげで、死人が俺に向かって放つ予定だった刃物が反れて壁に刺さる。

　苦悶の絶叫が、そこが弱点だと教えてくれる。

　鉛の弾によって穿たれた穴からは、ゲル状の液体が零れる出る。

　少々危険だが、的の小さな弱点を狙う為には仕方がない。奴の射程範囲ギリギリまで距離を縮めると、連続で発砲する。

　

『敵影消滅しました』

　H.A.N.Tのお決まりの台詞を聞いた途端、その場に座り込んでしまった。気が抜けると、ズキズキと傷が痛みだす。

「ッハァ‥‥キツ‥‥‥」

　思わず弱音を吐いてしまうが、本来なら自分だけでやるべき事。自分だけの『仕事』だったはずだ。いままでずっとバディに助けられていたので、ひとりだけの戦闘が想像以上に厳しく感じた。

　悲鳴を上げる体に叱咤し、一旦魂の井戸まで戻る事にした。

　ひとりだけの戦闘とはこんなに辛かっただろうか？　

「はぁ‥」

　溜め息と共に、昼間の八千穂の言葉を思い出す。

「皆守クンだって九龍クンの事、友達だと思ってるから、だから、あんな事いったんだよね‥‥」

　そ、そうか？

　

　「‥‥‥‥九龍―――。お前が何をしにこの学園に来たのかなんて、俺にはどうでもいい事だ。だがな、死にたくなければもうあの遺跡の事は忘れろ」

　皆守の、静かに怒気を含んだあの言葉は、友達だから心配して言ってくれてるんだ〜などとはお世辞にも思えなかった。それどころか、殺気まで感じた俺は、あの雰囲気に気押されて嘘の返事をしてしまう。

　自分は正式に依頼を受けてこの遺跡に潜っているのだ。もちろん死ぬ気など毛頭無いが《宝探し屋》には常に危険がつきまとう。死にたくなければと言われて大人しく、はいそーですかなどといってたら、トレジャーハントなんて出来ない。

　‥‥‥と、ちゃんと説明できなかった自分が恨めしい。

　八千穂と別れた後、嘘をついてしまったことに後悔した俺は、皆守に素直に自分の意見をいうつもりだった。ただ、その決意を固める為には、大分時間がかかってしまったなんていう事実は、吐いた二酸化炭素と共にこっそり捨てておく。

　放課後、意を決して皆守の部屋へと足を運ぶ。覚悟を決めてノックする。扉を開き、中から現れた人物は、昼間とは全く別人としか思えないくらい落ち着いていた。呆気に取られた俺に、何やらカレーについて質問してきた。内心の動揺を悟られないように答えると。

「そうだな。たしかにそれだけがカレーじゃない。シーフードカレーとか豆カレーとかハーブカレーなんてのもある。そもそも４種類のスパイスがあれば、それでもうカレーだ。クミン・コリアンダー・チリ・ターメリック。これを同じ分量づつ―――。ハハッ、また今度一緒に食いに行こうな」

　そう楽しそうに言い放つ皆守には、何も言えなくなってしまった。せっかく仲良くなった人間に嫌われたくなかったからかもしれない。

　まぁ、そんなワケで、こうしてひとりで探索している。

「え‥‥‥？」

　扉を開けると、鼻腔をくすぐるラベンダーの‥‥‥‥ひッ！？

　ほとんど脊椎反射な勢いで、暗い礼堂へと戻る。いや、こちらは出口とは逆の方向なんだから先へ進み事にしたってー表現の方がいいか？物凄く混乱している為か、ろくでもない事を考えてしまう。これを世間一般では現実逃避というかもしれなくもない。

「うわッ！？」

　おそらく排莢だろう。足を滑らせた俺は、思いっきり尻餅をついてしまった。痛みで、家出しかけた俺の冷静さが、本体を哀れみほんのちょっぴり半歩ほどのところまで帰ってきた。

「な‥‥なんで皆守が‥‥‥」

　暗闇の中、わたわたと壁側に安置された棺の影に隠れてしまった。

「ほぉ、逃げるって事は俺に悪い事をしたと自覚してるわけか」

　恐ッ！怒りで凄みを増した、そうだな昼間の５割り増しくらいかな？俺にとっては人類を淘汰する恐怖の大魔王ばりに恐かった。ライフル抱えて民間人に怯える俺は、公衆の面前でプロポーズした挙げ句に思いっきり振られた奴以上に哀れかもしんない。

　とりあえず、このまま息を殺していれば見つからないかも♪という儚くも切実な望みはいともあっさり打ち砕かれる。　

カシャンッ‥

　闇に恐怖の魔王が浮かび上がる。淡い、オレンジの灯火を纏い、少しずつ俺との距離を、一歩、また一歩と確実に縮めてくる。そうでした、こいつってばアロマ吸う為に、高校生の分際でライターなんて携行してるんでした。そんな当たり前の事実でさえ、一瞬忘れていた俺はやはりまだ混乱しているのだろう。

　目の前の光景に俺の顔は恐怖で引きつる。俺は己の非を認め、両手を挙げて降伏する。ただし、身の安全は保証されないが。

　ジッポをしまうと、辺りはまた今まで通りに闇一色に包まれる。

「ウッ！？」

　俺の左腕は哀れにも捻りあげられ、気がつけば先程まで背を向けていたはずの壁と、今度は向き合う羽目になった。危うく壁と仲良くキスしそうになるが、ごめん君の愛には応えられないんだ。顔を横に向け、正面衝突は避ける。

　だが、捻り上げられる腕に更に力が加わり‥‥ヤバッ！それ以上は‥‥

「頼むッそれ以上はッ」

　俺の切迫した声に一瞬止まるが、生暖かいものが腕を伝わる感触が嫌でも伝わってきた。痛ッ‥‥‥ひッ。

　皆守の指先が、俺の腕を静かになぞり、途中で止まる。無気味に嫌な予感が、心の中を占拠する。

　闇を切り裂く絶叫が、けして自分のものだと思いたくなかった。

「ッはぁ‥‥うッ‥‥はぁッ‥ッ信じらんね‥‥人として最低限の権限を主張するッ」

　腕の裂傷に思いっきり指つっこんだまま握るかぁ？

「ふんッ、人の忠告を無視した挙げ句、たったひとりでこんなとこ来る奴に人権なんてない」

　お願い、傷口から手ぇ離して‥‥。ウウッ、お前は筋金入りのサディストだって俺が責任持って認定してやる。

「ッ‥‥こんのサディストッ」

「じゃあ、それを甘んじて受け入れてるお前は、真性のマゾだな」

　いや、決して甘んじてなんていませんから。自分の立場を忘れ、思っていた事を素直に吐露してしまった自分が恨めしい。

　足に力が入らず、その場に崩れ落ちてしまう。魂の井戸が恋しいが、まさか皆守に連れていって欲しいとは言えない。

　息が落ち着くのを待って、俺と背中合わせに座る皆守に謝罪する。

「その‥‥すまない‥」

「また口先だけか？」

　言葉が鋭い刃物となって、俺の心に突き刺さる。

　

　深呼吸をひとつ。

　今度こそ、皆守に俺の事情を話す。

「ここには仕事で来たはずなんだけどね‥‥」

　今はこの暗闇を非常にありがたいと思った。

「俺でも‥俺のような人間が、鎌治のように苦しんでいる人間を助けられるっていう事がすごく嬉しくてね」

「俺のような‥って‥」　

　奪われるより、多くの命を奪ってきた。けしてキレイ事ではすまない世界。

「俺は『死』について語る事が許される人間ではないかもしれない。けど、椎名を救い出したい。失った大事なものを見つけてあげたい」

　けして贖罪というわけではないけれど。

「お人好しめ」

「はは、そんないいもんじゃ‥‥」

　少し血を流しすぎた所為だろう。頭がクラクラする。

「おい、九龍？」

　あーちとマズイかも。そう思った時には既に遅かった。

「九龍ッ！！」

　

　

　

「あ‥‥」

　気がつけば、緑色の優しい光の中にいた。見渡せば、井戸の上に３つの色違いのクリスタルが浮かんでいた。ああ、魂の井戸か。

「九龍、気がついたか」

　心配そうに覗き込む皆守。

「もしかしてここまで運んでくれたのか」

「俺にここまでさせやがって、この貸しは高いぜ」

「ごめん‥」

「まぁいいさ、ちゃんと付けとくけどな」

「あはは、少しはまけて」

　他愛もない会話のやり取りが、またできて本当に嬉しい。　

「九龍‥」

「ん？」

「もうひとりで突っ走るのはやめろよ。遺跡に行く時は必ず言え」

　皆守はもう怒ってはいないのかな？

「ははッ」

　ではでは、遠慮なくお言葉に甘えさせていただこう。

　

　

「ありがとー、皆守〜」

　とりあえず感謝の意を込めて抱き着いておいた。

　

　

　

　

　

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