＋＋＋3rd.　Discovery「あの炎をくぐれ！」

第二幕　＜子供とは、無邪気故に恐ろしい＞

　

　

　「ッ‥‥あー‥あ、疲れたぁ〜〜〜」

　晴れ渡る空へ向かって手を伸ばし、大きく背伸びをする。

　マミーズでの爆発騒ぎの後は、セクハラ公務員に荒れた店内の清掃を命じられ、今の今までコキ使われていたのだ。あーもう、素直に手伝いなんてするんじゃなかったなぁ。皆守と一緒にちゃっちゃと逃げれば良かった。‥‥いや、でも何か千貫さんや奈々子ちゃんに申し訳ないような気がしないでもなかったし。

　あーとにかく、コキ使われてスッゲ年期の入りまくっちゃった貧相なモップは押し付けられるし、嫌な過去は思い出すしで‥‥‥最悪だ。

　心の奥底にしまいこんであったはずの、暗く苦い思い出が黄泉がえる。そんな思いを吹き飛ばすように、ただひたすらに身体を動かした。

　ッはぁ〜、サボろうなんて考えたからバチが当たったか？

「ん‥‥？」

　フワリと風に運ばれてきた、いつもの香り。甘く、それでいて独特なクセのあるラベンダー。視線を移せば、そこにはやはり皆守がいた。

　嬉しさ半分、憎らしさが半分といったところか。

「よう、遅かったな」

　ラベンダーに強い癒しの効果があるというのなら、試しに借りてみるかな。もちろん、イヤガラセを兼ねているのは言うまでもない。

　ひょいッとアロマパイプを奪うと、口にくわえてみた。

「ふぅん、わざわざ待っててくれたんだ。皆守にも、１ｍｌ程度の愛はあったんだねぇ」

　思いっきり胸の奥に吸い込むが、奥底に燻る黒い淀んだ思いが癒される事は無かった。はは、そんなうまい具合にはいかないか。

「‥‥別に、お前を待ってた訳じゃない。ただ、教室に戻るのも。面倒だっただけだ。それで、たまたまここでぼんやりしてたら、お前が通りかかったって訳だ。‥‥‥それだけだからなッ」

　プイと俺には顔を見せないように横を向くと、なんともつれない台詞が返ってきた。セクハラ公務員の友達甲斐のない男じゃのぉ、という台詞を思い出してしまう。

「それよりも、さっき物騒な会話をしてた奴ら。あれはウチのクラスの連中だ。次の授業は確か、化学だったかな。‥‥‥とりあえず中に入るか」

　

　かわいくない‥‥‥‥‥。

「はいはい、分かってますよ。惰眠とカレー、そしてラベンダーしか愛さないお前にとっての俺の価値なんて、きっとその辺に転がる石ころと同じ位だよ。ああ、それでも石なら黒塚が拾ってくれるかなぁ‥‥」

「‥‥ッ！」

　心底悲しいといった表情を、深夜の通販番組ばりのワザとらしい演技をしてやる。

「‥‥チッ。俺が悪かったから機嫌直せよ」

　かなり投げやりに言われる。

「はーい、それはどうもありがとう」

　俺には効果の無いアロマパイプを、定位置へと返してあげましたっと。

　

　途中、職員室の前を通ると、激しく言い争うように騒がしかった。

　皆守にのぞくか？と言われたがやめておいた。今は自分だけで手一杯。心が飽和状態だというのに、そんな人の事などかまってられない。

　しかも、この天香学園では教師はお飾りって‥‥。《生徒会》とは一体どういうっものなんだ？まったくもって理解しがたい。

　とりあえず職員室を離れ、歩みを進める。　

「よう、甲太郎じゃないか」

　声の主を探すと、ガッシリとした体格に、２５歳なクセに高校に潜入している自分が言うのも大変失礼だが、およそ高校生いう単語は似つかわしくなかった。

　‥‥‥ッて、ものすごくフレンドリィじゃないか‥‥‥‥‥‥。

　なんとなく面白くなかったが、そんな事は顔に出さない。

　はいはい、色々訳ありな奴の中でも俺以上にワケありな人間はいないですよ‥‥ッて！？俺って噂されてるの？こ‥恐い。どんな噂なのかあえて聞かなかった。

　しかしまぁ、《転校生》同士‥お互いに色々事情はあるみたいだねぇ。夕薙クン。　

「‥‥‥さて、と。まともに授業を受ける気なら、教室はその先だ。どうするんだ？」

「ふぅ、仕方ない今度は真面目に受けるさ‥」

　やっぱり慣れない事はするもんじゃないな。

「こらッ！！そこの二人ッ！！」

「ッ！？」

　突然の元気の良い八千穂の声に、俺の寿命は１分５７秒程縮まった。

「もお〜ッ！！５時限目はドコ行ってたの？授業サボってるると、そのうちどんどんサボり癖がついて、しまいには、卒業できなくなっちゃうんだからねッ」

　何処までも真直ぐな八千穂。およそ屈折と言う単語を寄せつけない存在は、有り難くもあり、今は苦しくもあった。

　俺は卒業式まで無事でいられるだろうか？思った以上に、ここに存在する遺跡は広く侵入者には容赦なく牙を剥く。大広間から見える、あのすべての扉の向こうには、それに見合った数の、取手のような番人がいるのかと思うと気が重くなる。

　あああぁあ！！もうッ！いかんいかん、こんなネガティブな思考は性に合わないッ。それもこれも、マミーズであんな事を思い出した所為だよ、ちくしょう。

「ああ、一緒に卒業しよう。まず、その為にも次の授業は出ないとね」

　ニッコリ笑顔で応対。

「うん、だってさ、せっかく同じクラスになったんだもん。あたしは皆で一緒に卒業したいよッ」

　そう心配してくれる八千穂の存在が、素直に嬉しいと思えた。

「皆守クンも――あれ？」

　うっわ、何時の間にか逃走してるよッ。いやマジ全然気がつかなかった‥‥恐るべし逃げ足の早さ。うーん、あれくらい要領よくなきゃサボリ魔人は勤まらんか。

「おっと、始まっちゃう。行こ、九龍クンッ」

　

　化学の授業…か。

　目の前に置かれたビーカーや試験管といったものが、昔からこっそり忍び込んでいたウチの研究室を思い出す。無邪気に危ないことが好きなお年頃だった俺は、色々遊んでは母に叱られたっけな。ちゃんと薬品は施錠できる場所で管理してたんだけど、ほら‥ほんっとーに無邪気だったもんでカチャっと開けて‥‥。（どうやって開けたのかは自主規制）いやぁ、若気のいたりってヤツ？

　アルギン酸ナトリウム使って人工イクラ〜♪って作ってみちゃったり、適当に配合した塩酸と硫酸の溶液にＢＴＢ溶液を入れといて、中性を表す緑色になるように調整することに夢中になったり‥‥。まぁ、サスペンスで有名な青酸カリってアーモンドの味がするって聞いたけど本当かなぁって‥‥さすがにそれはやめといたけど。

　子供とは無邪気故に恐ろしい。

「ん？何だ、この箱‥‥」

「おい、これ‥‥」

　箱と言う言葉に反応してしまった俺は、声の方向に視線を‥‥ッ！？

　教室内に鳴り響く轟音。

「耳ッ‥‥俺の耳がッ‥‥」

　耳を押さえて呻くその人物は、先程マミーズにて不振な会話をしていた奴だった。

　マジかよ‥‥。

「‥‥うふふッ」

　扉の無効で、幼く無邪気な笑い声をたてながら、お人形のような少女が佇んでいる。

「あの子‥‥。Ａ組の椎名サン‥‥？何でウチのクラスをのぞいていたんだろう‥‥」

「彼女はッ‥‥」

　クルリと踵を返すと立ち去ってしまった。

　

　気がつけば、この騒動の元凶である彼女を追い掛けていた。

　

「あ、ちょっと九龍クンッ！！待って、あたしも行くッ！！」

　

　

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