＋＋＋3rd.　Discovery「あの炎をくぐれ！」

第一幕　＜パンドラの箱＞

　

　

　勢いよく消されてゆく白い文字達。

「あ〜あ‥‥‥」

　ノートにすべて書き写す前に消されてしまう。今教壇の上にいるのは、黒板に鬼のようにビッシリと書き込むことで有名な政経の先生。

　あとでノートをとるのが上手いやつに借りよう‥。

　一気に気力がなくなってしまい、頭の中は既に違うことを考えはじめている。

　すまんね、先生。

　周りを見渡せば、弟と丁度同じ年代の高校生達。その集団に混じって生活している自分の存在が可笑しくなる。２５歳だというのに、何が悲しくて高校生しなければならないのだろう。《ロゼッタ教会》の嫌がらせか？

　人知れず溜め息が漏れてしまう。

　こうしていると、非日常的な事が嘘のように思える。だが、この《天香学園》に在る巨大な地下遺跡。そこに巣食う異形のモノ達。そして普通の学生であったはずの鎌治を変えてしまった《黒い砂》の問題などなど、非常にキナ臭いところだった。

　やれやれ、どうやらただ《秘宝》を探せばいいという、単純な問題では済まないようだ。まったくもって、ここでは一体何が起きている？

　先程の休み時間を使って、図書館で《黒い砂》について調べたが、やはり一筋縄ではいかなかった。七瀬は一般的に考えられる可能性を、大方示してくれた。だがやはり、《黒い砂》はどれにも当てはまらなかった。

　七瀬も実際に、ソレを目の当たりにしていればもっと違った意見が出てきただろう。そう‥彼女が非常に興味を持っている《超古代文明》のオーバーテクノロジーとか‥ね。まぁ、なんにせよ憶測だけではなんとも言えない。

　　それに今は《黒い砂》よりも、七瀬と話していた時に出てきた『伊邪那岐（イザナギ）』と『伊邪那美（イザナミ）』という言葉が、妙に引っ掛かっていた。

　伊邪那岐と伊邪那美‥‥か。この２柱は多くの神を生み出すが、伊邪那美は火の神を産んだ事により焼け死んでしまう。愛しい妻を失い、悲しみに暮れた伊邪那岐は、黄泉国まで迎えに行く。だがすでに、黄泉国の食べ物を食べてしまった伊邪那美は、地上には戻れないと言う。落ち込む夫に、黄泉国の神に相談してみるので、その間は絶対に覗かないで欲しいと懇願した。それにもかかわらず、待切れなくなった伊邪那岐は覗いてしまう。するとそこには、異形のモノ変わり果てた伊邪那美が居た。

　ふぅ、こういった禁忌を犯してしまう話は個人的には嫌いだった。ちゃんと守ろうよって思ってしまうからだった。

　ま、そこで禁忌を犯さないと話が続かないんだけど‥‥思わず苦笑してしまった。

　ふと、もう一度教室内を見渡すと、皆守と目が合ってしまう。

　おお、ちゃんと起きてるじゃないか。一緒に図書館へ行ったあと、サボろうとしていたところをなんとか授業に出させたのだった。寝るとか言ってたけど、ちゃんと起きてるなんて偉いぞ。

　なんだか嬉しくなってしまい、笑みがこぼれた。

　目を見開いて驚く皆守。‥‥‥んー。

　そんなに驚かなくったっていいじゃんかーと、釈然としない思いが芽生えたところで、授業終了の鐘が鳴った。

　

＜チャイムの音＞　

　

　しまった‥‥。

　つい色々考え事したり、人と交流しているうちに昼休みが終わってしまった。

「やべ‥昼飯まだ食ってねぇや」

　仕方ない、一食くらいいいかと思っていると‥。

「おい、九龍」

　振り返るとそこには、愛用のアロマに火をつける皆守がいた。

「お前、午後の授業真面目に出る気か？何も勉強するためにこの学園に来たわけじゃないんだろ。俺はこれから昼飯なんだ。お前も付き合えよ」

　帰になる事が多くて気持ちがすっきりしまい。このまま授業に出ても上の空だろう。

「そうだな、付き合うよ」

「ああ。気だるい午後を日の当たる窓際で、コーヒーを片手に過ごすのも悪くないぜ」

　高校生の台詞としてこれはどーよ？と思ったが、快くそれに便乗させてもらおう。とりあえず煮詰まっているので気分転換だ。

　そんなわけで、今は不健康優良児を更正する会名誉会長という肩書きを封印することにした。　

　マミーズへ行くと、奈々子の気持ちの良い接客が出迎えてくれる。皆守は何か微妙に気に入らないようだったが、接客にうるさい俺からみて奈々子の対応は非常に好感が持てた。

「では、二名様お席へご案内しま〜す」

　やっぱり、客商売は人当たりがよくないと！どんなに料理が旨くても、接客が良く無い店は好きじゃ無い。ってーか、むしろ許せん！！などど、つい心の中で接客について熱い想いを燃やしていると皆守が話しかけてくる。

「店員はさておき、学園の中にあるにしちゃいい店だろ」

「ああ、いい店だな。接客もいいし、この雰囲気も好きだよ」

　俺は素直な感想を述べた。

「気に入ったか？ここにいると、学園という閉ざされた黄昏の町にいる事を一時でも忘れられるからな」

　お前って詩人だなぁ‥‥と、思わずポケーッと見とれてしまった。だが、その言葉を反芻するうちに頭が冷えてくる。

　この学園を『閉ざされた黄昏の町』という表現をしたお前には‥。お前にとって、この《天香学園》とは何だ？　

　‥‥と、シリアスな考えもすぐに吹き飛んでしまった。皆守が勧めてくれたメニューによって。

　カレーライス、カツカレー、カレーラーメン、カレー定食‥‥‥‥。お前がカレー好きなのは知っていたけど、まさかこれ程とはッ！俺にはカレー以外の選択肢ってーものはないの？

　

　

　　なんだかシリアスに考え込んでいた自分がアホらしくなった。

　

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