＋＋＋2nd.　Discovery「蜃気楼の少年」

サイドストーリー　＜アロマと真夜中のお茶会：皆守視点＞

　

　

　真夜中の薄暗い、無機質な廊下を歩きながら《転校生》を想う。

　《転校生》‥‥‥。

　九龍　尚樹は《宝探し屋》という耳を疑いたくなるような、信じられない職業を肩書きにもっていた。

　あんなのー天気そうなツラしたやつが、遺跡では銃を片手に大人びた表情を魅せつけやがる。俺は最初、この天香学園がヤツにとっての初仕事だと思っていた。そう、まったくのド素人で、あの遺跡でビビってとっとと尻尾巻いて逃げ出すことを願っていた。

　しかしそんな俺のささやかな望みはあっさりと打ち砕かれた。

　どうやらここに来る前に、大きな仕事を経験してきたようだった。話で聞いただけであれば「お前誇大広告もいいかげんにしろよ。とっととジャロに訴えっぞ」と言ってやるところだが、奴の纏う硝煙の匂い‥化人を倒す身のこなし‥、そういった要素が冗談では済ませてくれそうにない。　

　くそッ、めんどくせぇ。

　しかも九龍はとんでもないお人好し。先ほどは、この遺跡で苦しむ墓守りのひとり、鎌治を救い出してしまった。なんでそんな面倒なことができるんだ？お前はそうやって目の前で苦しむモノすべてに手を差し伸べるのか？

　ふざけるな。そんな生き方、自分の身が持たないぞ！

　

　あーくそッ、なんで俺がこんなにあれこれ考えなきゃなんねーんだ。

　イライラしながら歩いていると、九龍の部屋の近くまで来ていた。

　俺の頭痛の原因‥大本の居座る部屋。

　思わず手がドアへと伸びてゆく。　

「おい、まだ起きてるんだろ。冷たい飲み物きらせちまったから、なんかよこせ」

　ただの口実。

　俺をイライラさせるお前の存在が悪い。そーゆーわけで大人しくイジめられとけ。これを世間一般様では八つ当たりとかゆーらしいが、我が皆守家（俺限定）ではそーいわないんだよ。

　しばらくすると気の抜けた声が聞こえてくる。

　

「開いてるよー」

　

　おい‥『お前は天香学園最重要危険指定ブツ』だろーが、不用心なやつめ。本当に外国暮らしは長かったのか？それとも日本の安全神話を未だに信じてるバかか？部屋にきちんと施錠しろよって、そうかアレか、田舎の人間は留守してるのに鍵かけないってゆーやつか。んなことは故郷でだけやりやがれ。

　ドアを開けると、白いジャージのズボンに大きめな黒いＴシャツというカッコで、まるでハムスターが無理矢理起こされてキョトンとしているような表情を浮かべる九龍。

　ストレスを解消するためにやってきたというのに、余計にストレスが貯まっちまった。どーしてくれるんだ、ええ？責任とれよ。

　とりあえず九龍に近付くと、掴みやすそうな首筋に手を伸ばす。

　やつの細い首は非常に掴みやすかった。

「ウッ！？」

　なにか苦しがっているようだがとりあえず無視。

「九龍‥キチっと鍵ぐらいかけろ。お前の部屋には物騒なものがテンコ盛りなんだろーが、ちったぁ用心しろよな」

　ありがたーい説教をしてやるが‥‥

「イナカじゃ‥留‥守してても‥鍵はかけないの〜♪」

　九龍は眉をゆがめながらも、口は形の良い唇で笑みの形を作ろうとする。

　まだ余裕ってか？しかも俺の考えていたことが筒抜けだったのかと思う程のくだらない返答。あー、ますますもってムカツク。

「ほ〜〜、貴様はそう言って銃を持つ者の責任を放棄するつもりか」

　お前は仕事でこのロクデモナイ学校に来てるんだろう。それならば、波風立たないように気を配れ。万が一あの装備を見られたらどうする？うっかりじゃ済まないんだぞ。

　あーなんか益々指に力が入ってるような気がする。

　いっそ、このまま俺の手で終わらせてしまうかと、いつの間にか俺の中で危険思想が芽吹く。

　あの遺跡から鎌治を救い出すことができたお前だが、これから先はもっとずっと苦しい戦いが待っているだろう。その時お前が傷付き、志し半ばで他のやつらの手によって葬り去られてしまうよりは、今俺が終わらせてやろうか‥なぁ、《転校生》。

　ふ‥、全然抵抗しないな。俺の手に触れる九龍の手には全然力が入っていない。ただ捕まえているだけだ。九龍、それでも俺の手を剥がそうとしているつもりか？まだ余裕なのか？それとも俺に殺されることは無いと思っているのか？

　九龍の思惑を探るべく、顔を覗き込む。

　

　笑みの形を作ろうとしていた口唇は軽く開かれており、代わりに先程まで開いていた瞳は閉ざされている。野郎にしては長いまつ毛が、上から見下ろすと更に長く見えた。ふと、その長いまつ毛が動く‥。

　俺の鼓動が跳ね上がる。

　風呂上がりで上気した頬に、濡れた髪‥涙で潤む瞳で見つめられ、不覚にもそれを色っぽいと思ってしまった。　

「なッ！？」

　相当動揺していたのだろう。九龍の手が一瞬の内に、俺のパイプを奪い取ることを止めることが出来なかった。

　荒い息遣いが間近で聞こえる。細く頼り無い肩が上下し、俺に抱き着くようにその身は任されていた。

　

　お‥れは、何をしようとしていたんだ。

　九龍を‥殺そうとしていた‥のか。

　恐ろしい。たしかに俺の心は病んでいるが、ここまでとはな。ちくしょう、泣きたくなってくるぜ。頼む、俺を拒絶してくれ。

　俺の願いが通じてしまったのだろうか。熱が去ってゆく。

　何か言っているようだったが、俺の耳には音として認知されない。

　それどころか、俺には安堵という名の楽園は訪れず、なぜか苦しいと感じはじめた矢先、いつの間にか近くに戻ってきた九龍が精神安定剤を戻してきた。　

「冷たいものもいいけど、これからお茶を入れるところだったんだ。けっこー良いお茶なんだぜ。せっかくだからこれ飲んでいかないか？」

　極上の笑顔が目の前にあった。　

　いいのか、俺にそんな顔をして？

　

　お前が近付いてくるのがいけないんだ、あとでどうなっても知らないからな。

　

　

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