＋＋＋2nd.　Discovery「蜃気楼の少年」

第三楽章　化人創世の間　＜情熱と喧騒の狂想曲＞

　

　

　化人創世の間に佇む《転校生》。

　映画の中でしか見たことが無いような、物々しい格好も、この忌わしき遺跡の中では違和感がない。いや、むしろ合っていた。

　春の陽射しを思わせる柔らかな微笑みを浮かべているが、何故か泣いているような気がした。だが、その両の瞳に憂いは無く、まるで燃え盛る炎のような強さと輝きをたたえていた。

「情熱の炎は絶望の闇を照らす事はできない」

　−絶望の闇−

　何故そんな言葉がでてきたの？

　分からない‥

　僕はこんなにも満ち足りているのに

　とても‥とても清々しいよ

　−死−

　何を言っているの？

　ねぇ

　姉さんはここに居るよ

　《転校生》−君の指が綺麗だって

　だから頂戴、僕の姉さんに

　僕を見守ってくれる姉さん

　ねぇ、微笑んで

　姉さん

　姉‥さ‥ん？

　

　ほら、昔よくふたりで練習してる時

　いっぱい‥いっぱい笑いかけてくれたよね

　ほら、春の木漏れ日が降り注ぐ中

　姉さんの旋律と自然の旋律が‥‥‥

　旋律‥‥？

　聞こえない

　あの時の音色が　旋律が　木々のざわめき　風の囁き　水のせせらぎ

　‥‥‥どんなだった？

　‥‥思い‥出せない‥‥

　思い出せない

　そう

　あの日にすべて失ってしまったから　

　

　

「大切な宝を取り戻す手伝いがしたい」

　やめて‥　やめて‥　無理だ‥

　もう、戻れないから　

「無駄話は終わりだよ。ここが君たちの墓になる」

　−安らかに眠るがいい−

　肩を掠める鉛のカタマリ

　遠慮してくれたのかい？

　残念‥　効かないよ　《呪いの力》があるからね

　大人しく眠って

　

　‥‥！？

　どうして！

　どうして！！

　君は向かってくるの？

　そんなに傷付きながら

　苦しいだろう？

　やめて‥　やめて‥

「ううッ‥‥。かッ‥‥身体がッ‥‥！！」

　僕の身体がら抜け出す《黒い砂》

　天井へと昇ってゆ‥く‥

　

　なに？あれ‥‥‥

　男と女が融合したような　歪な四つ足の怪物

　

　無理だ‥

　逃げて！

　そんなボロボロな身体で無理‥‥ッ

　え？

　笑っているの？

　不敵な笑みを浮かべ巨大な化け物に挑む君‥

　君はどうしてそんなに強いの？

　

　ホールに響き渡る銃声

　時折響くテニスボールの音

　あたりを漂うラベンダーの香り

　怪物から発せられるけたたましい奇声

　

　不思議だ‥

　時に激しく‥時にゆるやかに‥

　どれもこれもバラバラなのに

　すべてが混ざり合い

　織り成す旋律

　

　不思議だ‥

　まるで四重奏

　

　気がつけばいつの間にか旋律が消えていることに気がついた。

「こ‥れは‥‥‥」

　僕の手に舞い降りた、大切な‥大切な姉さんの楽譜。ああ‥、僕はどうしてこんなに大事な宝を手放してしまったのだろう。さゆり姉さんの想いがいっぱいつまった大切な楽譜。

　溢れる涙と共に蘇る記憶。

　ごめんね、姉さん。

「僕は‥詛う、自分の‥弱さ‥を」

　甦る自分の悪行。自分の弱さを包み隠し、他人を処罰した日々。

「うわぁああああッ！！僕は‥僕はッ、今までなんて事をッ！！」

「取手ッ！！」

　叱咤する声。

　頭を抱える僕の腕を、すごい力で掴むと僕の顔を真正面から見据える。

「逃げるな‥」

　それは真冬の湖面を思い起こさせるような静かな声。

「お前が罪を悔いるなら、逃げるな。苦しんでも後悔しても‥決して忘れず受け止め生きろ！そこから償いが始まる」

「あ‥あぁ‥‥‥」

　僕は思いきり声をあげて泣いた。

　

　

　彼は、僕が泣いている間ずっと、抱き締め‥優しく頭を撫でてくれていた。

「お前も被害者なんだ‥そんなに思いつめない方がいい」

　遺跡から出たところで、彼は心底済まなそうに謝る。

「厳しいことを言ってすまない」

「ううん‥そんなことないよ」

　だって、君の優しさを痛い程感じたから。

　蜃気楼のような幻しか見えていなかった僕を引き戻してくれた。

　本当にありがとう。

　僕の大切な宝を取り戻してくれて。

「ねぇ‥君は何者なんだ？」

　

　　−《宝探し屋》‥‥‥。

　そう、まさしく君はその名の通り宝を見つけだしてくれた。

　ありがとう。

　今度は君の《秘宝》を探す手助けをさせて欲しい。

　君の力になりたい‥

　そう告げると、君は照れくさそうにはにかむと、極上の笑みで応えてくれる。

　

　

「九龍クン‥僕、頑張るよ」

　僕の心は、とても清々しい気で満ちていた。

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