+++1st. Discovery「謎の転校生」

 

2章 <第一印象が大切です>

 

「みんな、静かに。今日から、みんなと一緒にこの天香学園で学ぶ事になった―――

 転校生の九龍 尚樹<クリュウ ナオキ>君です。

 九龍君は、今まで外国で生活していて、先日、日本に戻ってきたばかりなの。

 早く日本に慣れて欲しいというご両親の希望で、全寮制の本校に転校してきました。

寮生活では、わからない事が多いと思いますが、みんな、仲良くしてあげて下さいね」

 

「九龍 尚樹です。

 よく周りの人たちに、天然だから心配だといわれているような人間ですが‥‥

 どうかよろしくお願いします」

 

 どっと教室内に笑いが溢れる。

 あ、なんかウケた。

 ますます『天然』という単語の意味が知りたくなる。なにやら日本独自の、本来の

意味とは違う意味合いをもつ単語らしいのだが、素直に聞いても誰も意味を教えては

くれなかった。誰か仲良くなったらあらためて聞いてみよう。

 

 身近な視線に気がつき横を向くと、先程俺の事を紹介してくれた若い女性の教師が

微笑んでいた。

「私は担任の雛川 亜柚子<ヒナカワ アユコ>。

 私も今学期から、この学園に赴任してきたばかりなの。お互い、卒業まで頑張りま

しょうね?」

 穏やかな雰囲気を纏ったその女性は、美人というよりも可愛いという表現の方がしっ

くりくるだろうか。嫌味のない笑顔には好感がもてたのだが、相手の言葉からふとし

た疑問が脳裏をよぎる。

 今学期から赴任したばかり?それは日本では珍しい事なのではないだろうか。今ま

での先生は一体どうしてしまったのだろう。ここに来る前に聞いてきた日本の学校の

話との違うが‥‥。

 

「ええ、無事に卒業できるように頑張りたいと思います。

 色々とよろしくお願いしますね」

「ふふッ、こちらこそよろしくお願いね。九龍君」

 卒業なんていうものは二の次なのだが、やれるだけやってみよう。

「それじゃ、九龍君の席は――――、」

 

「ハイッハイッ!!」

 

 髪を両サイドに分けて結い上げられた、おダンゴ頭の女の子が勢いよく手を挙げて

いる。

「なァに、八千穂さん」

「あたしの隣が空いてま〜す」

 立ち上がると、元気良く提案した。

「そうね、この間の席替えで丁度、空いていたわね」

「きゃ〜、明日香、積極的〜ッ」

「ずる〜い、自分だけ〜」

 途端に沸き上がる黄色い悲鳴に、少女はやや赤くなった。少々くちびるをとがらせ

て抗議する姿が可愛らしかった。

「もう‥‥、そんなんじゃないよ」

「それじゃ、九龍君。八千穂さんの隣の席に。

 何かわからない事があったら、八千穂さん、教えてあげてね」

「は〜いッ」

「それじゃ、席について。出席をとります」

 

 

 チャイムの音が午前の終わりを教えてくれる。

 食べ盛りな少年少女達はお昼の話題でもちきりだ。

「ふぅ‥‥」 

 なかなかに疲れてしまった。隣の八千穂 明日香<ヤチホ アスカ>という少女は、

非常に好奇心旺盛らしく、授業中は先生の隙を窺っては色々と質問された。記念すべ

き初授業だったのだが、ほとんど会話で終わってしまった。とりあえず、途中で八千

穂と呼び捨てにできる程には仲良くなれてしまった。

 それはそれで喜ぶべき事なのだが、一抹の不安を抱かずにはいられない。俺が《宝

探し屋》だなんて事がバレでもしたら‥‥いや、なんかむしろバレるような気がして

きた。

「ね、九龍君。早く行こうッ。お昼休みが終わっちゃう〜」

 行こ行こッ!と、グイグイ背中を後押しされる。

 どうやら校内を案内してくれるらしいのだが、本当に元気な子だ。

 

 

「ここが図書室だよ」

 案内されたその場所には、予想を上回る量の本が収納されていた。

「この学園が創立された頃から遺っている本もあるんだって」

「へぇ、すごいね。そんなすごいものがここにあるんだ」

 そんな貴重なものが遺っているのはすごい。

「奥の部屋が書庫室になっていてそういう古い貴重な本が収められてるんだよ」

 うんうん、調査に役立ちそうだな‥‥‥‥‥‥ッて!?

 ちょっと待って。授業中の雑談で、仕事のことなんて話してないよね‥(たぶん)

 古いものには興味があるって言ったくらいじゃなかったか?

 

「え〜と、確かあの辺りに図書委員の子が隠してる書庫室の鍵がある筈なんだけど‥

‥どこだったっけなァ‥‥‥」

 え〜〜と、何かノリノリで鍵を探しているみたいなんだけど。

 わざわざ隠してあるものを探しちゃっていいわけ?

 誰かに見つからないだろうかと内心かなり動揺していると――、

「古人曰く――――、

 『書物には書物の運命がある。運命を決めるのは、読者の心である』」

静かだが、熱のこもった言葉が聞こえてきた。

「本をお探しですか?」

 八千穂ー、人が来ちゃったぞ〜〜。

「え〜と‥‥?初めて見る方ですね。もしかして‥‥」

「本日よりC組に転校してきた九龍 尚樹。以後お見知りおきを」

 内心の動揺が顔に出ないように、笑顔で答えた。

「初めまして。私の名前は七瀬 月魅<ナナセ ツクミ>といいます」

 丸い大きな眼鏡が特徴的な、いわゆる知的美人。

 大事そうに本を抱え丁寧に会釈した彼女の、肩より上でゆるやかに内側にカールし

た髪が揺れる。ゆっくりと顔を上げた彼女の耳もとには、ガラス製だろうか?青く透

き通った髑髏のイヤリングが見える。大人しそうな雰囲気の少女には少々不自然なア

クセサリーのような気がする。

「図書館の本を管理する図書委員をやらせて頂いています。ここにある本でわからな

い事があったら、何でも聞いて下さい」

 書物を読んでいなければ知り得ない格言を知っていることといい、本の扱い方とい

い、本当に本というものが好きだという事がわかる。

「ええ、貴女のように本を愛する人にそういってもらえるとありがたい」

「はい、いつでもどうぞ。

 そうだ。あなたに、喜びに関する言葉を教えてあげましょう。

 古人曰く―――、

 『たとえあなたが何をしていようとも、それをしている自分を愛せ』

 真の喜びを知るためには、己を信じ、愛する事が不可欠です。自分を喜ばすことが

できてこそ、人に喜びを与え、また与えられることができるのです」

 人に愛されたことのない人間が、人を愛することが出来ないのと同じ。とても良い

言葉だが‥‥‥。

 

「あッ、月魅ッ!!いつからそこに‥‥」

 

 探し物はみつかったのだろうか。八千穂が戻ってきた。

「八千穂さん‥‥。何か探し物ですか?」

 そう聞いた彼女だが、すでに見当はついているのだろう。

「えッ!?え〜と‥‥、面白い本ないかなァって」

 落ち着き払った月魅とは対照的な八千穂。まるで、疑って下さいと公言するかのよ

うな慌て振りに笑いがこぼれてしまう。

「書庫の鍵なら、そこにはありませんよ。

 私がいない時に、無断で書庫に入る生徒がいるので、別の場所に隠しました」

 表情ひとつ変えずに、さらりと言う彼女。

「なんだ、そうだったんだって……って、もしかしてバレてる?」

 もしかしなくてもバレていると思うよと、心の中でのみツッコんでいると、月魅と

いう少女は古い書物について切々と語りだした。

 

「書庫には、皆さんの想像もつかないような、大変価値のある本が眠っているのです。

 黴と埃にまみれた紙の臭い。

 古いインクのすえた香り。

 頁をめくる度に響く乾いた音。

 それらの書物は、古人の偉業の信奉者だけが触れる事のできる貴重な過去の遺物な

のです」

 本に対する想いを言葉という名の糸に変え、次々と紡ぎ出す。やはり彼女は相当に

本が好きだとわかる。

「九龍さんは《超古代文明》という言葉を知っていますか?」

 突然振られた話だったが―――、

「ああ、知っているよ」

 あまりにも慣れ親しんでいる言葉であったので、つい普通に答えてしまう。

「それならば、話が早いですね」

 八千穂と違い、表情にあまり大きな変化のない彼女であったが、心なしか嬉しそう

に見えた。

「例えば、《オーパーツ》と呼ばれる古代の遺跡の存在を見てもわかるように、確か

に、地球上に高度な文明が栄えていたという可能性は否定できないと思うんです」

「ああ、そうだね。古代エジプト遺跡から発見されたプラチナ製の加工品とか‥‥」

「え?プラチナ製って珍しいの?」

 八千穂が素朴な疑問を投げかける。

「そうだよ、融点1768度で‥‥」

 きょとんとする八千穂の視線を感じ、あわてて言い直す。

「えと、プラチナっていうのはすごく丈夫でね。数千度の熱を加えないと加工できな

い。だから宝飾品として加工されるようになったのは最近のことなんだ」

「え〜ッ、そうなのッ。じゃあ、昔は加工できなかったハズなんだよね」

「そうだよ、八千穂。だからこそ《オーパーツ》Out Of Place Artifacts‥『場違い

な加工品』と言われているんだよ」

 説明していると、ふと妹がいたらこんな感じなのかなぁなどとのんきに思ってしまう。

「他にも、一九二四年に英国領ホンジュラスの古代マヤ遺跡で発掘された水晶の遺物

は、人の頭蓋骨を模していて、現代の技術を用いても不可能に近いほど、表面に傷も

なく、美しく成形されていて‥‥‥」

 切々と語りだす月魅。他にも、螺旋状金属(スプリング)のことや、黄金の飛行機

(ジェット)、更には遮光器土偶(しゃこうきどぐう)のことまで丁寧に語っている。

物静かな印象を受ける彼女だが、まさか内面にはこんなにも熱い情熱を抱えていると

は思わず驚かされる。

「《超古代文明》かァ‥‥。まッ、まァ、そういう歴史のロマンっていうの?想像す

ると楽しいよね」

 個人的には面白い話であったのだが、やはり普通の女子高生にはつまらなかったの

だろう。八千穂は途中から飽きてしまっていた。それに八千穂でなくとも、この年頃

の女の子が語るネタとしては少々マニアックすぎ、残念ながらヒいてしまわれること

が多いだろう。

「八千穂さん‥‥、馬鹿にしてますね?」

 態度に表れてしまった八千穂に、真面目に語っていた月魅の視線が痛い。慌ててフォ

ローする。

「そッ、そんな事ないよッ!!ねェ、九龍クン」

「‥‥うん。《オーパーツ》と呼ばれるものの中には、ちょっと信じがたいものもあ

るけどね。ほら、さっき言っていた遮光器土偶のデザイン。アレは、宇宙服に酷似し

ているっていう説はなんとなーく個人的には否定したかったり」

(あれ?)

 何故そう思ったのか、なんともいえない違和感を覚えるが気のせいだろう。

 実際に『在る』と知っているのに、はぐらかして答える事への罪悪感だろうと自己

診断する。

「ほら、九龍クンだって、興味もってるじゃない」

「九龍サン‥‥。私の話を熱心に聞いていてくれてちょっと嬉しいです」

 本を抱きかかえ、うつむきながら微笑む彼女は可愛らしかった。

「九龍サンは本当に《超古代文明》は存在したと思っていますか?」

 思う何も、実際にはそれを利用したりもしているんだよねと、心の中でだけ苦笑す

る。

「うん。存在したと思うよ」

 《超古代文明》に思いを馳せる月魅には、なんとか協力してあげたいと思った。

「そうですよねッ!!《超古代文明》が存在したのか否か―――はっきりとした証拠

がないという事は、逆に、そういう文明が存在しなかったともいいきれないという事

ですからね」

「まッ、存在していてもいなくても、どっちでもいいじゃない。遠い昔の話なんだし

さ」

 おーい、冷めてるぞ〜八千穂ー。

「それは違いますッ!!《超古代文明》の遺産は、今もどこかで発掘される時を待っ

ているんですッ。自分達の叡智を受け継ぐ者を捜して‥‥」

「う‥‥うーん、そう?」

 まだ、あまり乗り気で無い八千穂。

「実はですね‥‥」

 急に声のボリュームを下げ、とっておきのネタをくれる。

「私が思うに、この天香學園にも何か大きな秘密が隠されているような気がするんで

す。書庫室に収蔵されているこの學園の歴史などが記された古い文献を読んでいると、

いたるところに謎めいた痕跡が残されています」

「この學園に秘密ゥ?」

 まさに、それこそが今回《ロゼッタ教会》から俺が派遣された理由。

「はい。私は、墓地が怪しいと睨んでいるんですけど」

 墓地?だって‥‥。慰霊碑ならわかるが、學園に墓地は不釣り合いだ。

「校則で、墓地への立ち入りは禁止されてるけど、確かに、あそこは、怪しいねェ」

 な‥‥。校則で規制しているところがますます怪しい。

「‥‥あァッッ!!」

 突然の大声に驚かされる。

「もうこんな時間にッ!!昼休みの間に貸し出している本を回収しなくちゃならない

んだったわッ。すいませんが、続きはまた今度。図書館も鍵を閉めて行きますから、

また明日にでも来て下さい」

 バタバタと大慌てで作業を始める月魅。

「わかった、またねッ」

 彼女の邪魔にならないように、すみやかに退出する。振り向きざまにお礼を述べる。

「貴重なお話をありがとう。月魅さん」

 すると、月魅は作業を一瞬中断すると‥、

「いえ、こちらこそ‥‥。あ、私も呼び捨てでかまいませんから‥」

 

「ありがとう月魅」

 笑顔で手を振った。

 

 

 図書館を離れ、2F廊下にさしかかる。

「《超古代文明》の遺産かァ。何か面白そうだよねッ。そうだ、今度誰にも見つから

ないとうに、こっそり夜にでも墓地にいってみない?調べれば何か―――ん?」

 

 八千穂の言葉が止まる。

 微かにピアノの音が聞こえたような気がするが、何かあったのだろうか?

 

「今、音楽室でピアノの音がしなかった?」

「え‥‥ああ、したけど、それがどうかしたのかい」

 ピアノがどうかしたのだろうか。別に珍しいことだとも思えないのだが‥。

「この時間は、誰も使っていないはずだけど‥‥。もしかして、音楽室に出没(で)

るっていう幽霊だったりして〜」

 ごくありふれた怪談だと思うのだが、八千穂は声を潜めると、あまり嬉しくない情

報を教えてくれた。

「実はさ‥‥大きい声ではいえないけど、この學園には九つの怪談があるんだ」

「えーと、一般的には7つだと思うんだけれど‥‥、中途半端だねェ」

 ジャパニーズホラーは苦手なので茶化して誤魔化す。

「その最初の怪談が『一番目のピアノ』―――。誰もいないはずの音楽室からピアノ

の音だけするっていうよくある話なんだけどね。何でも、昔、音楽室で事故があって、

その事故で手に怪我をした女生徒の霊がピアノを弾きに現れるんだって。そしてキレ

イな手をしている人を襲って、精気を吸い取っちゃうんだってさ。精気を吸い取られ

た人は、干からびて、ミイラのようになるとかならないとか‥‥。どうせ単なる噂話

だろうけどね。本当だったら面白かったのになァ」

「う‥‥わぁ‥‥‥」

 恐ろしい事をサラリと言い放つ八千穂。

 本当だったらものすっっごく嫌だ。ほんの少し前まで、エジプトで本物を見てきた

だけに、余計リアルな想像をしてしまう。うわぁ、こういう話は非常に苦手だ。

 そう、映画で例えるならば、西洋のモンスターやゾンビは見た目の醜悪さはあるも

のの、銃や炎等『物理的』な攻撃が効く。それに比べてジャパニーズホラーには物理

的な攻撃が一切効かないものが多い。そんな成す術がないところがものすごーく嫌だ。

 もちろんそんな俺の内心などまったくわからない八千穂は、

「ねェねェ。ちょっとドアの隙間から音楽室の中、覗いてみよっか?」

もしかしたら、幽霊を見れるかもしれないし〜♪と非常に乗り気である。

 

 ‥‥‥っはぁー。

 心の中で盛大な溜め息をひとつ。

 仕方がない。昼間だし大丈夫だろうと、そう自分に言い聞かせ、一緒に音楽室を覗

き込む。

 

 

 

「暗いな‥‥」

 

 カーテンを閉め切っているせいで、昼間だというのに薄暗い。厚い布ごしに、遮り

きれなかった太陽の光がほのかに辺りを浮かび上がらせる。

 ゆっくり辺りを見渡すと、大きなグランドピアノが見えるが‥‥‥‥‥。

 

 ‥‥ッ!?

 

 軽く心臓が跳ね上がる。

 ピアノの前に、ぼうっと浮かぶ長い長い男子生徒のシルエット。よくよく見ると、

それはちゃんと実体を伴っているという事が判るのだが、先程八千穂から音楽室にま

つわる怪談を聞いたばかりだったので非常に焦ってしまった。

 

「あれは……A組の取手クン?」

 そう呟いた八千穂の声に安堵する自分がいた。

「電気もつけないで、何してんだろ?……」

 至極当然な八千穂の問いに、中を覗くのをやめ、そっと廊下に戻るという行動で答

える。

 薄い闇の中、ピアノの前でずっと佇む彼に、その身に纏う重苦しい空気に圧倒され、

かける言葉が見つからない。

「何か声をかけづらい雰囲気だね……。行こ、九龍クン。別の場所を案内してあげる

よ」

 軽い気持ちで覗いただけだったのだが、思わずしんみりしてしまった。

 

 

 静かに、音をたてないように音楽室を離れた俺たちは1Fへと移動した。

 

 

 

 

 

 




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